説苑 / 修文
公孟子高見顓孫子莫曰:「敢問君子之禮何如?」顓孫子莫曰:「去爾外厲,與爾內折,色勝而心自取之,去三者而可矣。」公孟不知以告曾子,曾子愀然逡巡曰:「大哉言乎!夫外厲者必內折,色勝而心自取之必為人役。是故君子德行成而容不知,聞識博而辭不爭,知慮微達而能不愚。」
新字:公孟子高見顓孫子莫曰:「敢問君子之礼何如?」顓孫子莫曰:「去爾外厲,与爾內折,色勝而心自取之,去三者而可矣。」公孟不知以告曽子,曽子愀然逡巡曰:「大哉言乎!夫外厲者必內折,色勝而心自取之必為人役。是故君子徳行成而容不知,聞識博而辞不争,知慮微達而能不愚。」
書き下し
公孟子高顓孫子莫に見えて曰く、「敢えて問う、君子の禮は何如。」顓孫子莫曰く、「爾の外厲を去り、爾の內折を與にし、色勝ちて心自ら之を取る、三者を去りて可なり。」公孟知らずして以て曾子に告ぐ、曾子愀然として逡巡して曰く、「大なるかな言や!夫れ外厲なる者は必ず內折し、色勝ちて心自ら之を取る者は必ず人の役と為る。是の故に君子は德行成りて容知らず、聞識博くして辭爭わず、知慮微達して能愚ならず。」と。
現代語訳
公孟子高が顓孫子莫に会って尋ねた。「あえてお尋ねします。君子の礼とはどのようなものでしょうか。」顓孫子莫は答えた。「あなたの外面の厳しさを取り除き、あなたの内面の屈折を取り除き、うわべの見栄えばかりが勝って心がそれに引きずられることをやめる。この三つを取り除けばよいのだ。」公孟子高はその意味がよく分からず、曾子にこのことを告げた。曾子は驚いて顔色を変え、しばらく考え込んでから言った。「なんと素晴らしい言葉だろうか。そもそも外面ばかり厳しい者は必ず内面が屈折しているものであり、うわべの見栄えが勝って心がそれに引きずられる者は、必ず人に使役される(見栄に振り回される)ことになる。だから君子は徳行が完成していても外見にはそれを見せびらかさず、見聞や学識が広くても言葉で人と争うことなく、知恵や思慮が細部にまで行き届いていても、あえて愚かに振る舞うことができるのだ。」
解説
この章句が説くこと
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