説苑 / 反質
晉平公為馳逐之車,龍旌象色,挂之以犀象,錯之以羽芝,車成題金千鎰,立之於殿下,令群臣得觀焉。田差三過而不一顧,平公作色大怒,問田差「爾三過而不一顧,何為也?」田差對曰:「臣聞說天子者以天下,說諸侯者以國,說大夫者以官,說士者以事,說農夫者以食,說婦姑者以織。桀以奢亡,紂以淫敗,是以不敢顧也。」平公曰:「善。」乃命左右曰:「去車!」
新字:晉平公為馳逐之車,竜旌象色,挂之以犀象,錯之以羽芝,車成題金千鎰,立之於殿下,令群臣得観焉。田差三過而不一顧,平公作色大怒,問田差「爾三過而不一顧,何為也?」田差対曰:「臣聞説天子者以天下,説諸侯者以国,説大夫者以官,説士者以事,説農夫者以食,説婦姑者以織。桀以奢亡,紂以淫敗,是以不敢顧也。」平公曰:「善。」乃命左右曰:「去車!」
書き下し
晉の平公馳逐の車を為る、龍旌象色、之に挂くるに犀象を以てし、之に錯うるに羽芝を以てす、車成りて金千鎰を題す、之を殿下に立て、群臣をして觀るを得しむ。田差三たび過ぎて一たびも顧みず、平公色を作して大いに怒り、田差に問う「爾三たび過ぎて一たびも顧みざるは、何を為すや?」と。田差對えて曰く、「臣聞く天子を說く者は天下を以てし、諸侯を說く者は國を以てし、大夫を說く者は官を以てし、士を說く者は事を以てし、農夫を說く者は食を以てし、婦姑を說く者は織を以てすと。桀は奢を以て亡び、紂は淫を以て敗る、是を以て敢えて顧みざるなり。」と。平公曰く、「善し。」と。乃ち左右に命じて曰く、「車を去れ!」と。
現代語訳
晋の平公が疾走用の車を作らせた。龍の旗と象牙色の装飾を施し、犀の角と象牙を掛け飾り、羽根や霊芝の紋様をあしらった。車が完成すると千鎰(莫大な額)もの費用を書き記し、これを殿舎の下に立てて、家臣たちに見せて回った。田差は三度その前を通り過ぎたが、一度も振り返って見ることがなかった。平公は顔色を変えて激怒し、田差に問いただした。「お前は三度通り過ぎながら一度も振り返らなかったのは、どういうつもりか。」田差は答えた。「私が聞くところでは、天子を説得するには天下について語り、諸侯を説得するには国について語り、大夫を説得するには官職について語り、士を説得するには事業について語り、農夫を説得するには食料について語り、婦人を説得するには機織りについて語るといいます。桀王は奢侈によって滅び、紂王は淫乱によって敗れました。だからこそ、私はあえてあの車を振り返って見なかったのです。」平公は「その通りだ」と言い、そこで側近たちに命じて「あの車を取り除け」と言った。
解説
この章句が説くこと
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説苑・正諫晋の平公、叔向をして呉に聘わしむ。呉人舟を拭いて以て之を逆う。左五百人、右五百人、繡衣にして豹裘なる者有り、錦衣にして狐裘なる者有り。叔向帰りて以て平公に告ぐ。平公曰わく、「呉其れ亡びんか。奚を以て舟を敬い、奚を以て民を敬わんや」と。叔向対えて曰わく、「君馳底の台を為るに、上何を以てか千兵を発し、下何を以てか鐘鼓を陳ねん。諸侯君を聞く者も、亦た曰わん、『奚を以て台を敬い、奚を以て民を敬わんや』と。敬う所各々異なるなり」と。是に於て平公乃ち台を罷む。
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説苑・反質趙の簡子弊車瘦馬に乘り、羖羊の裘を衣る、其の宰進みて諫めて曰く、「車新たなれば則ち安く、馬肥ゆれば則ち往來疾く、狐白の裘は溫にして且つ輕し。」と。簡子曰く、「吾知らざるに非ざるなり。吾之を聞く、君子善を服せば則ち益々恭しく、細人善を服せば則ち益々倨ると。我以て自ら備う、恐らくは細人の心有らんことをと。傳に曰く、周公位尊くして愈よ卑く、敵に勝ちて愈よ懼れ、家富みて愈よ儉なり、故に周氏八百餘年なり、此を之れ謂うなり。」と。
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説苑・反質季文子魯に相たり、妾帛を衣ず、馬粟を食らわず。仲孫它諫めて曰く、「子魯の上卿為るに、妾帛を衣ず、馬粟を食らわず、人其れ子を以て愛と為し、且つ國を華ならしめずと為さん。」と。文子曰く、「然るか?吾國人の父母の麤を衣、蔬を食らうを觀る、吾是を以て敢えてせざるなり。且つ吾聞く君子は德を以て國を華ならしむ、妾と馬とを以てすとは聞かず。夫れ德とは我に得て、又彼に得る、故に行うべし。若し奢侈に淫し、文章に沈まば、自ら反る能わず、何を以て國を守らんや?」仲孫它慚じて退く。
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説苑・貴德晋の平公春臺を築く、叔向曰く、「不可なり。古者聖王は徳を貴びて施すことを務め、刑辟を緩くして民時に趨けり。今春臺を築くは、是れ民の時を奪ふなり。夫れ徳施されざれば、則ち民帰せず、刑緩くならざれば、則ち百姓愁ふ。帰せざるの民をして、愁怨の百姓を役せしめ、而して又其の時を奪ふは、是れ重ねて竭くすなり。夫れ百姓を牧するに、之を養育して而も重ねて之を竭くすは、豈に命を安んじ存を安んずる所以にして、人君と後世に称せられんや」と。平公曰く、「善し」と、乃ち臺の役を罷む。