説苑 / 正諫
晉平公好樂,多其賦斂,下治城郭,曰:「敢有諫者死。」國人憂之,有咎犯者,見門大夫曰:「臣聞主君好樂,故以樂見。」門大夫入言曰:「晉人咎犯也,欲以樂見。」平公曰:「內之。」止坐殿上,則出鐘磬竽瑟。坐有頃。平公曰:「客子為樂?」咎犯對曰:「臣不能為樂,臣善隱。」平公召隱士十二人。咎犯曰:「隱臣竊顧昧死御。」平公諾。咎犯申其左臂而詘五指,平公問於隱官曰:「占之為何?」隱官皆曰:「不知。」平公曰:「歸之。」咎犯則申其一指曰:「是一也,便遊赭盡而峻城闕。二也,柱梁衣繡,士民無褐。三也,侏儒有餘酒,而死士渴。四也,民有饑色,而馬有栗秩。五也,近臣不敢諫,遠臣不敢達。」平公曰善。乃屏鐘鼓,除竽瑟,遂與咎犯參治國。
新字:晉平公好楽,多其賦斂,下治城郭,曰:「敢有諫者死。」国人憂之,有咎犯者,見門大夫曰:「臣聞主君好楽,故以楽見。」門大夫入言曰:「晉人咎犯也,欲以楽見。」平公曰:「内之。」止坐殿上,則出鐘磬竽瑟。坐有頃。平公曰:「客子為楽?」咎犯対曰:「臣不能為楽,臣善隠。」平公召隠士十二人。咎犯曰:「隠臣竊顧昧死御。」平公諾。咎犯申其左臂而詘五指,平公問於隠官曰:「占之為何?」隠官皆曰:「不知。」平公曰:「帰之。」咎犯則申其一指曰:「是一也,便遊赭尽而峻城闕。二也,柱梁衣繡,士民無褐。三也,侏儒有余酒,而死士渴。四也,民有饑色,而馬有栗秩。五也,近臣不敢諫,遠臣不敢達。」平公曰善。乃屏鐘鼓,除竽瑟,遂与咎犯参治国。
書き下し
晋の平公、楽を好み、其の賦斂を多くし、下に城郭を治めしめて曰わく、「敢えて諫むる者有らば死せしめん」と。国人之を憂う。咎犯なる者有り、門大夫に見えて曰わく、「臣聞く、主君楽を好むと。故に楽を以て見えんとす」と。門大夫入りて言いて曰わく、「晋人咎犯なり。楽を以て見えんと欲す」と。平公曰わく、「之を内れよ」と。止まりて殿上に坐す。則ち鐘磬竽瑟を出だす。坐すこと頃く有り。平公曰わく、「客子楽を為すか」と。咎犯対えて曰わく、「臣楽を為す能わず、臣隠を善くす」と。平公隠士十二人を召す。咎犯曰わく、「隠臣竊かに昧死を顧みて御せん」と。平公諾す。咎犯其の左臂を申べて五指を詘む。平公隠官に問いて曰わく、「之を占うに何と為すか」と。隠官皆曰わく、「知らず」と。平公曰わく、「之を帰せ」と。咎犯則ち其の一指を申べて曰わく、「是れ一なり。遊びを便にして赭を尽くし城闕を峻くす。二なり。柱梁繡を衣て、士民褐無し。三なり。侏儒余酒有りて、死士渴す。四なり。民に飢色有りて、馬に栗秩有り。五なり。近臣敢えて諫めず、遠臣敢えて達せず」と。平公曰わく善しと。乃ち鐘鼓を屏け、竽瑟を除き、遂に咎犯と国を治むるに参ず。
現代語訳
晋の平公は音楽を好み、そのために重い税を課し、下々には城郭を修築させて言った、「あえて諫める者があれば死刑にする」と。国人はこれを憂えた。咎犯という者がおり、門番の大夫に会って言った、「私は主君が音楽を好むと聞きました。それゆえ音楽をもってお目にかかりたい」と。門大夫が入って報告して言った、「晋の人、咎犯です。音楽をもってお目にかかりたいとのことです」と。平公は「入れよ」と言った。咎犯は殿上に着席させられると、鐘・磬・竽・瑟が用意された。しばらく座っていると、平公が「客人よ、音楽をなさるのか」と言った。咎犯は答えた、「私は音楽はできませんが、隠し事(謎かけ)は得意です」と。平公は隠し事を解く隠官十二人を召した。咎犯は「隠臣として、僭越ながら死を覚悟でお仕えします」と言った。平公はこれを許した。咎犯は左腕を伸ばし、五本の指を折り曲げた。平公が隠官に「これは何を占うものか」と尋ねると、隠官は皆「わかりません」と言った。平公は「もう帰ってよい」と言った。咎犯はそこで指を一本ずつ立てて言った、「これが一つ目です。遊興のために赭土を掘り尽くし城壁を高くしている。二つ目。柱や梁は刺繍で飾られているのに、士民には粗末な服さえない。三つ目。侏儒(道化)には酒が余っているのに、死を覚悟の兵士は渇いている。四つ目。民には飢えた顔色があるのに、馬には十分な穀物がある。五つ目。近くの臣はあえて諫めず、遠くの臣は意見を届けられない」と。平公は「よろしい」と言い、鐘や太鼓を取り払い、竽や瑟を撤去し、そして咎犯とともに国を治めるようになった。
解説
この章句が説くこと
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説苑・善說晉の平公叔向に問いて曰く、「歲饑え民疫し、翟人我を攻む、我將に若何せん。」對えて曰く、「歲饑うるも來年にして反らん。疾疫將に止まんとす。翟人患うるに足らざるなり。」公曰く、「患い此れより大なる者有りや。」對えて曰く、「夫れ大臣祿を重んじて諫を極めず、近臣罪を畏れて敢えて言わず、左右小官に寵を顧みて君知らず。此れ誠に患いの大なる者なり。」公曰く、「善し。」是に於て國中に令して曰く、「諫めんと欲する者有らば之が爲に隱せ、左右國吏の罪に言い及ぶことあらば。」
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『新序』雜事第一晉の平公閒居す。師曠侍坐す。平公曰く、子生まれながらに目眹無し。甚だしきかな、子の墨墨たるや、と。師曠對えて曰く、天下に五つの墨墨有り。而して臣は一に與るを得ざるなり、と。平公曰く、何の謂いぞや、と。師曠曰く、羣臣賂を行い、以て名譽を采り、百姓侵寃せられて告訴する所無し。而も君悟らず。此れ一の墨墨なり。忠臣用いられず、用いらるる臣忠ならず、下才高きに處り、不肖賢に臨む。而も君悟らず。此れ二の墨墨なり。姦臣欺詐し、府庫を空虚にし、其の少才を以て其の惡を覆塞し、賢人逐われ、姦邪貴し。而も君悟らず。此れ三の墨墨なり。國貧しく民罷れ、上下和せず。而も財を好み兵を用い、嗜欲厭く無く、謟諛の人、容容として旁らに在り。而も君寤らず。此れ四の墨墨なり。至道明らかならず、法令行われず、吏民正しからず、百姓安からず。而も君悟らず。此れ五の墨墨なり。國に五の墨墨有りて危うからざる者は、未だ之れ有らざるなり。臣の墨墨は小墨墨のみ。何ぞ國家を害せんや、と。
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『新序』雜事第五晉の平公叔向に問いて曰く、國家の患い、孰れをか大と爲す、と。對えて曰く、大臣は祿を重んじて極諫せず、近臣は罰を畏れて敢えて言わず、下情上に通ぜず。此れ患いの大なる者なり、と。公曰く、善し、と。是に於いて國に令して曰く、善言を進めんと欲するに、謁者通ぜずんば、罪死に當たる、と。
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説苑・反質晉の平公馳逐の車を為る、龍旌象色、之に挂くるに犀象を以てし、之に錯うるに羽芝を以てす、車成りて金千鎰を題す、之を殿下に立て、群臣をして觀るを得しむ。田差三たび過ぎて一たびも顧みず、平公色を作して大いに怒り、田差に問う「爾三たび過ぎて一たびも顧みざるは、何を為すや?」と。田差對えて曰く、「臣聞く天子を說く者は天下を以てし、諸侯を說く者は國を以てし、大夫を說く者は官を以てし、士を說く者は事を以てし、農夫を說く者は食を以てし、婦姑を說く者は織を以てすと。桀は奢を以て亡び、紂は淫を以て敗る、是を以て敢えて顧みざるなり。」と。平公曰く、「善し。」と。乃ち左右に命じて曰く、「車を去れ!」と。
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説苑・辨物晋の平公畋(かり)に出で、乳虎の伏して動かざるを見る。顧みて師曠に謂いて曰わく、「吾之を聞く、覇王の主出づれば、則ち猛獣伏して敢えて起きずと。今者(いま)寡人出でて、乳虎の伏して動かざるを見る、此れ其れ猛獣か。」師曠曰わく、「鵲は某を食らい、某は鵔鸃(しゅんぎ)を食らい、鵔鸃は豹を食らい、豹は駮(はく)を食らい、駮は虎を食らう。夫れ駮の状は駮馬に似たる有り、今者君の出づるや必ず駮馬に驂して出畋せしか。」公曰わく、「然り。」師曠曰わく、「臣之を聞く、一たび自ら誣(し)いる者は窮し、再び自ら誣いる者は辱められ、三たび自ら誣いる者は死すと。今夫れ虎の動かざる所以は、駮馬の為なり、固より主君の徳義に非ざるなり、君奈何ぞ一たび自ら誣うるや。」平公異日朝に出づるに、鳥有りて平公を環(めぐ)りて去らず。平公顧みて師曠に謂いて曰わく、「吾之を聞く、覇王の主は、鳳之に下ると。今者朝に出づるに鳥有りて寡人を環り、終朝去らず、是れ其れ鳳鳥か。」師曠曰わく、「東方に鳥有り諫珂(かんか)と名づく。其の鳥為るや、文身にして朱足、烏を憎みて狐を愛す。今者吾が君必ず狐裘を衣て以て朝に出でしか。」平公曰わく、「然り。」師曠曰わく、「臣已に嘗て之を言えり、一たび自ら誣いる者は窮し、再び自ら誣いる者は辱められ、三たび自ら誣いる者は死すと。今鳥の為すは狐裘の故なり、吾が君の徳義に非ざるなり、君奈何ぞ再び自ら誣うるや。」平公悦ばず。異日虒祁(しき)の台に酒を置き、郎中馬章をして蒺藜(しつり)を階上に布かしめ、人をして師曠を召さしむ。師曠至り、履きて堂に上る。平公曰わく、「安(いず)くにか人臣にして履きて人主の堂に上る者有らんや。」師曠履を解きて足を刺し、伏して膝を刺し、天を仰ぎて歎ず。公起ちて之を引きて曰わく、「今者叟(そう)と戯るるのみ、叟遽(にわ)かに憂うるか。」対えて曰わく、「憂うるは夫れ肉自ら虫を生じて、還りて自ら食らわるるなり。木自ら蠹(と)を生じて、還りて自ら刻まるるなり。人自ら妖を興して、還りて自ら賊(そこな)わるるなり。五鼎の具は当(まさ)に藜藿(れいかく)を生ずべからず、人主の堂廟は当に蒺藜を生ずべからず。」平公曰わく、「今之を為すこと奈何にせん。」師曠曰わく、「妖已に前に在り、奈何ともする無し。来月八日に入りて、百官を脩め、太子を立てよ、君将に死せんとす。」来月八日に至りて旦を得、師曠に謂いて曰わく、「叟今日を以て期と為す、寡人如何(いかん)。」師曠楽しまずして帰らんことを謁す。帰りて未だ幾(いくば)くならずして平公死す。乃ち師曠の神明なるを知る。
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