説苑 / 反質
魏文侯問李克曰:「刑罰之源安生?」李克曰:「生於姦邪淫泆之行。凡姦邪之心,飢寒而起,淫泆者,久飢之詭也;彫文刻鏤,害農事者也;錦繡纂組,傷女工者也。農事害,則飢之本也;女工傷,則寒之源也。飢寒並至而能不為姦邪者,未之有也;男女飾美以相矜而能無淫泆者,未嘗有也。故上不禁技巧,則國貧民侈,國貧窮者為姦邪,而富足者為淫泆,則驅民而為邪也;民以為邪,因之法隨,誅之不赦其罪,則是為民設陷也。刑罰之起有原,人主不塞其本,而替其末,傷國之道乎?」文侯曰:「善。」以為法服也。
新字:魏文侯問李克曰:「刑罰之源安生?」李克曰:「生於姦邪淫泆之行。凡姦邪之心,飢寒而起,淫泆者,久飢之詭也;彫文刻鏤,害農事者也;錦繡纂組,傷女工者也。農事害,則飢之本也;女工傷,則寒之源也。飢寒並至而能不為姦邪者,未之有也;男女飾美以相矜而能無淫泆者,未嘗有也。故上不禁技巧,則国貧民侈,国貧窮者為姦邪,而富足者為淫泆,則駆民而為邪也;民以為邪,因之法随,誅之不赦其罪,則是為民設陥也。刑罰之起有原,人主不塞其本,而替其末,傷国之道乎?」文侯曰:「善。」以為法服也。
書き下し
魏の文侯李克に問いて曰く、「刑罰の源安くにか生ずる?」李克曰く、「姦邪淫泆の行に生ず。凡そ姦邪の心は、飢寒にして起こる、淫泆なる者は、久飢の詭なり。彫文刻鏤は、農事を害する者なり。錦繡纂組は、女工を傷る者なり。農事害されれば、則ち飢の本なり。女工傷られれば、則ち寒の源なり。飢寒並び至りて能く姦邪を為さざる者は、未だ之有らざるなり。男女美を飾りて以て相矜りて能く淫泆無き者は、未だ嘗て有らざるなり。故に上技巧を禁ぜざれば、則ち國貧しくして民侈る、國貧窮なる者は姦邪を為し、而して富足なる者は淫泆を為す、則ち民を驅りて邪を為さしむるなり。民邪を為すを以て、之に因りて法隨い、之を誅して其の罪を赦さざれば、則ち是れ民の為に陷を設くるなり。刑罰の起こるに原有り、人主其の本を塞がずして、其の末を替うるは、國を傷るの道なるか?」文侯曰く、「善し。」と。以て法服と為すなり。
現代語訳
魏の文侯が李克に尋ねた。「刑罰の根源はどこから生じるのか。」李克は答えた。「邪悪で放縦な行いから生じます。そもそも邪悪な心は、飢えと寒さから起こります。放縦というのは、長く飢えていることの裏返しの姿です。彫刻や細工の装飾は、農事を害するものです。錦繍や組紐の装飾は、女性の紡織の仕事を損なうものです。農事が害されれば、それは飢えの根本原因となります。女性の仕事が損なわれれば、それは寒さの根源となります。飢えと寒さが同時に迫って、なお邪悪な行いをしない者は、これまでいませんでした。男女が美しく着飾って互いに競い合いながら、放縦にならない者も、これまでいたことがありません。だから、上が技巧(贅沢な装飾品作り)を禁じなければ、国は貧しくなり民は贅沢に流れます。国が貧窮すれば貧しい者は邪悪な行いをし、豊かな者は放縦な行いをします。つまり、民を駆り立てて邪悪な方向に追いやっているのと同じです。民が邪悪な行いをするからといって、それに応じて法律を厳しくし、罪を赦さずに誅殺するのであれば、これは民のために罠を仕掛けているようなものです。刑罰が生まれるには根源があります。君主がその根本(飢えと寒さ、贅沢の助長)を塞がずに、末端(刑罰)ばかりを頼りにするのは、国を傷つける道ではないでしょうか。」文侯は「その通りだ」と言い、これを法として定めた。
解説
この章句が説くこと
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説苑・政理魏の文侯、李克に問いて曰く、「国を為むること如何。」対えて曰く、「臣聞く、国を為むるの道は、労有れば食ましめ、功有れば禄せしめ、能有らしめて使い、賞を必ず行い、罰を必ず当てしむ。」文侯曰く、「吾嘗て罰皆当れるも民与せず、何ぞや。」対えて曰く、「国其れ淫民有るか。臣之を聞く、淫民の禄を奪いて以て四方の士を来す、と。其の父功有りて禄せられ、其の子功無くして之を食む。出でては車馬に乗り美裘を衣て以て栄華と為し、入りては竽琴・鍾石の声を修めて其の子女の楽を安んじ、以て郷曲の教えを乱す。此くの如き者は其の禄を奪いて以て四方の士を来す。此を之淫民を奪うと謂うなり。」
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『商君書』算地夫れ刑なる者は邪を禁ずる所以なり、而して賞なる者は、禁を助くる所以なり。羞辱勞苦は、民の惡む所なり、顯榮佚樂は、民の務むる所なり。故にその國、刑は惡むべからずして爵祿は務むるに足らざれば、これ亡國の兆しなり。刑人にして復た漏るれば、則ち小人は辟淫して刑を苦しまず、則ち民上に徼倖す。民上に徼倖して以て利を求むれば、顯榮の門は一ならず、則ち君子は勢に事えて以て名を成す。小人はその禁を避けず、故に刑は煩わし。君子はその令を設けず、則ち罰は行わる。刑煩わしくして罰行わるれば、國に姦多し。國に姦多ければ則ち富める者はその財を守ること能わず、而して貧しき者はその業を事とすること能わず。田は荒れて國は貧し。田荒るれば則ち民に軸生じ、國貧しければ則ち上は賞に匱し。
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『塩鉄論』周秦篇文學曰く、古者、其の禮を周くして其の教えを明らかにす。禮周く教え明らかにして、從わざる者は然る後に之を等するに刑を以てす。刑罰中りて、民怨みず。故に舜は四罪を施して天下咸な服す。不仁を誅すればなり。輕重各々其の誅に服し、刑は必ず加わりて赦す無し。赦すは惟だ疑わしき者のみ。此くの若くんば、則ち世安んぞ不軌の人を得て之を罪せんや。今、人を殺す者は生き、剽攻竊盜する者は富む。故に良民は內に解怠し、耕を輟めて心を隕とす。古者、君子は刑人に近づかず。刑人は人に非ざればなり。身は放殛せられて後世を辱む。故に賢不肖と無く、恥じざるは莫し。今、行い無きの人は、利を貪りて以て其の身を陷れ、戮辱を蒙りて禮義を捐て、茍生に恒たり。何となれば、一日蠶室に下り、創未だ瘳えざるに、人主を宿衛し、宮殿に出入し、由りて奉祿を受け、大官の享賜を食らうを得。身は以て尊榮、妻子は其の饒かなるを獲ればなり。故に或いは卿相の列に載りて、刀鋸に就くも閔まれず。況んや眾庶をや。夫れ何の恥か之れ有らん。今、其の德教を廢して、之を責むるに禮義を以てするは、是れ民を虐ぐるなり。春秋傳に曰く、「子に罪有れば、其の父を執う。臣に罪有れば、其の君を執うるは、聽の失の大なる者なり」と。今、子を以て父を誅し、弟を以て兄を誅し、親戚相い坐し、什伍相い連なるは、根本を引きて華葉に及ぼし、小指を傷つけて四體を累わすが若し。此くの如くんば、則ち罪有るを以て反って無罪を誅し、無罪の者寡なからん。臧文仲魯を治め、其の盜に勝ちて自ら矜る。子貢曰く、「民將に欺かんとす、而るを況んや盜をや」と。故に吏は斷ずること多きを以て良と為さず、醫は刺すこと多きを以て工と為さず。子產は二人を刑し、一人を殺して、道に遺ちたるを拾わず、而して民に誣うる心無し。故に民の父母と為るは、疾める子を養うを以て、恩を長じ厚くするのみ。首匿相坐の法立ちてより、骨肉の恩廢れて、刑罪多し。父母の子に於けるや、罪有りと雖も猶お之を匿す。其れ罪に服せしめんことを欲せざればなり。子は父の為に隱し、父は子の為に隱すと聞くも、未だ父子の相い坐するを聞かず。兄弟は追うを緩くして以て賊を免ると聞くも、未だ兄弟の相い坐するを聞かず。惡を惡むは其の人に止め、始めを疾みて首惡を誅すと聞くも、未だ什伍にして相い坐するを聞かず。老子曰く、「上に欲無くして民は樸に、上に事無くして民は自ら富む」と。君は君たり臣は臣たり、父は父たり子は子たり。地を伍に比するも何ぞ伍せん、而して政を執る者は何をか責めんや。
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説苑・反質晉の文公諸侯を合わせて盟いて曰く、「吾聞く、國の昏きは、聲色に由らず、必ず姦利好樂に由る。聲色とは、淫なり。貪姦とは、惑なり。夫れ淫惑の國は、亡びずんば必ず殘わる。今自り以來、美妾を以て妻を疑う無かれ、聲樂を以て政を妨ぐる無かれ、姦情を以て公を害する無かれ、貨利を以て下に示す無かれ。其れ之有る者は、是を其の根素を伐りて、華葉に流ると謂う。此くの若き者は、患有りて憂い無く、寇有りて弭むる勿かれ。言に如かざる者は之を盟いて示さん。」と。是に於て君子之を聞きて曰く、「文公其れ道を知れるか?其れ王たらざるは猶お佐無ければなり。」と。
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孔子家語・五刑解冉有孔子に問いて曰わく:「古者三皇五帝、五刑を用いざりき、信なるか。」孔子曰わく:「聖人の防を設くるは、其の犯さざるを貴べばなり。五刑を制して用いざるは、至治を爲す所以なり。凡そ夫れ奸邪竊盜、法を靡ろにして妄行を爲す者は、不足に生ず。不足は無度に生じ、無度なれば則ち小なる者は偷盜し、大なる者は侈靡し、各々節を知らず。是を以て:上に制度有れば、則ち民止まる所を知る。民止まる所を知れば、則ち犯さず。故に奸邪賊盜、法を靡ろにして妄行するの獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。不孝は不仁に生じ、不仁は喪祭の禮明らかならざるに生ず。喪祭の禮は、仁愛を教うる所以なり。能く仁愛を教うれば、則ち喪には思慕し祭には祀り、人子饋養の道を解かず。喪祭の禮明らかなれば、則ち民孝なり。故に不孝の獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。上を殺すは、不義に生ず。義は貴賤を別ち、尊卑を明らかにする所以なり。貴賤別有り、尊卑序有れば、則ち民上を尊びて長を敬せざる莫し。朝聘の禮は、義を明らかにする所以なり。義必ず明らかなれば、則ち民犯さず。故に上を殺すの獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。鬥變は相陵ぐに生じ、相陵ぐは長幼序無くして敬讓を遺るるに生ず。鄉飲酒の禮は、長幼の序を明らかにして、敬讓を崇ぶ所以なり。長幼必ず序あり、民敬讓を懷けば、故に鬥變の獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。淫亂は男女別無きに生ず。男女別無ければ、則ち夫婦義を失う。禮の聘享は男女を別ち、夫婦の義を明らかにする所以なり。男女既に別ち、夫婦既に明らかなれば、故に淫亂の獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。此の五者、刑罰の生ずる所以、各々源有り。豫め其の源を塞がずして、輒ち之を繩するに刑を以てするは、是を民の爲に阱を設けて之を陷ると謂う。刑罰の源は、嗜欲節ならざるに生ず。夫れ禮度は、民の嗜欲を御し、好惡を明らかにして天の道に順う所以なり。禮度既に陳ね、五教畢く修まるも、民猶お或いは未だ化せざれば、尚お必ず其の法典を明らかにして以て之を申固す。其の奸邪法を靡ろにし妄行するの獄を犯す者には、則ち制量の度を飭む。不孝の獄を犯す有れば、則ち喪祭の禮を飭む。上を殺すの獄を犯す有れば、則ち朝覲の禮を飭む。鬥變の獄を犯す有れば、則ち鄉飲酒の禮を飭む。淫亂の獄を犯す有れば、則ち婚聘の禮を飭む。三皇五帝の民を化する所以此くの如し、五刑の用有りと雖も、亦た可ならずや。」
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荀子・大略篇財を多く積みて有(も)つこと無きを羞(は)ぢしめ、民の任(にん)を重くして能(あた)はざるを誅(ちゅう)す。此(こ)れ邪行(じゃこう)の起こる所以(ゆえん)にして、刑罰の多き所以なり。