説苑 / 反質
歷山之田者善侵畔,而舜耕焉;雷澤之漁者善爭陂,而舜漁焉;東夷之陶器窳,而舜陶焉。故耕漁與陶非舜之事,而舜為之,以救敗也。民之性皆不勝其欲,去其實而歸之華,是以苦窳之器,爭鬥之患起,爭鬥之患起,則所以偷也。所以然者何也?由離誠就詐,棄樸而取偽也,追逐其末而無所休止。聖人抑其文而抗其質,則天下反矣,詩云:「尸鳩在桑,其子七兮;淑人君子,其儀一兮。」傳曰:「尸鳩之所以養七子者,一心也;君子所以理萬物者,一儀也。以一儀理物,天心也;五者不離,合而為一,謂之天心。在我能因自深結其意於一,故一心可以事百君,百心不可以事一君,是故誠不遠也。夫誠者一也,一者質也;君子雖有外文,必不離內質矣。」
新字:歴山之田者善侵畔,而舜耕焉;雷沢之漁者善争陂,而舜漁焉;東夷之陶器窳,而舜陶焉。故耕漁与陶非舜之事,而舜為之,以救敗也。民之性皆不勝其欲,去其実而帰之華,是以苦窳之器,争鬥之患起,争鬥之患起,則所以偸也。所以然者何也?由離誠就詐,棄樸而取偽也,追逐其末而無所休止。聖人抑其文而抗其質,則天下反矣,詩云:「尸鳩在桑,其子七兮;淑人君子,其儀一兮。」伝曰:「尸鳩之所以養七子者,一心也;君子所以理万物者,一儀也。以一儀理物,天心也;五者不離,合而為一,謂之天心。在我能因自深結其意於一,故一心可以事百君,百心不可以事一君,是故誠不遠也。夫誠者一也,一者質也;君子雖有外文,必不離内質矣。」
書き下し
歷山の田する者は善く畔を侵し、而して舜焉に耕す。雷澤の漁する者は善く陂を爭い、而して舜焉に漁す。東夷の陶器窳く、而して舜焉に陶す。故に耕漁と陶とは舜の事に非ざるも、舜之を為すは、以て敗を救えばなり。民の性皆其の欲に勝えず、其の實を去りて之を華に歸す、是を以て苦窳の器、爭鬥の患起こる、爭鬥の患起これば、則ち偷する所以なり。然る所以の者は何ぞや?誠を離れて詐に就き、樸を棄てて偽を取るに由るなり、其の末を追逐して休止する所無し。聖人其の文を抑えて其の質を抗げれば、則ち天下反る。詩に云う、「尸鳩桑に在り、其の子七つなり。淑人君子は、其の儀一なり。」と。傳に曰く、「尸鳩の七子を養う所以は、一心なり。君子の萬物を理むる所以は、一儀なり。一儀を以て物を理むるは、天心なり。五者離れず、合して一と為る、之を天心と謂う。我に在りて能く自ら深く其の意を一に結ぶが故に、一心以て百君に事うべく、百心以て一君に事うべからず、是の故に誠遠からず。夫れ誠とは一なり、一とは質なり。君子外文有りと雖も、必ず內質を離れざるなり。」と。
現代語訳
歴山で耕作する者たちは互いに田の境界を侵し合っていたが、舜がそこで耕作すると(その争いが収まった)。雷沢で漁をする者たちは互いに漁場を奪い合っていたが、舜がそこで漁をすると(争いが収まった)。東夷の陶器は粗悪であったが、舜がそこで陶器を作ると(質が向上した)。だから耕作・漁労・製陶は本来舜の専門の仕事ではなかったが、舜がこれらを行ったのは、その荒廃した状況を救うためであった。民の本性はみな自らの欲望に打ち勝つことができず、実質を捨てて華美へと向かってしまう。そのために粗悪な器が作られ、争いの禍が生じる。争いの禍が生じれば、それは人々が誠実さを失い盗み合うようになる原因となる。なぜそうなるのか。それは誠実さから離れて偽りに近づき、質朴さを捨てて虚偽を取ってしまうからであり、末端の飾りばかりを追い求めて止まるところを知らないからである。聖人が文飾を抑えてその本質を高く掲げれば、天下は元の姿に立ち返る。詩経に「かっこう(尸鳩)は桑の木にいて、その子は七羽もいる。善良な君子は、その立ち居振る舞いが一つである」とある。伝には次のようにある。「かっこうが七羽もの子を養うことができるのは、一つの心で接しているからである。君子が万物を治めることができるのは、一つの立ち居振る舞いを保つからである。一つの立ち居振る舞いで物事を治めるのは、天の心にかなうことである。仁・義・礼・智・信の五つが離れ離れにならず、合わさって一つになることを『天心』という。自分自身において、その意志を深く一つにまとめることができるからこそ、一つの心で多くの主君に仕えることもでき、逆に多くの心では一人の主君にさえ仕えることができない。だから、誠実さは決して遠いものではない。そもそも誠とは一つであることであり、一つであることとは本質(質)そのものである。君子は外に文飾を持っていても、必ず内なる本質から離れることはない。」
解説

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