説苑 / 修文
春祭曰祠,夏祭曰禴,秋祭曰嘗,冬祭曰烝;春薦韭卵,夏薦麥魚;秋薦黍豚,冬薦稻鴈。三歲一祫,五年一禘;祫者,合也;禘者,諦也。祫者大合祭於祖廟也,禘者諦其德而差優劣也。聖主將祭,必潔齋精思,若親之在;方興未登,●●憧憧,專一想親之容貌彷彿,此孝子之誠也。四方之助祭,空而來者滿而反,虛而至者實而還,皆取法則焉。
新字:春祭曰祠,夏祭曰禴,秋祭曰嘗,冬祭曰烝;春薦韭卵,夏薦麦魚;秋薦黍豚,冬薦稲鴈。三歳一祫,五年一禘;祫者,合也;禘者,諦也。祫者大合祭於祖廟也,禘者諦其徳而差優劣也。聖主将祭,必潔斎精思,若親之在;方興未登,●●憧憧,専一想親之容貌彷彿,此孝子之誠也。四方之助祭,空而来者満而反,虚而至者実而還,皆取法則焉。
書き下し
春の祭を祠と曰い、夏の祭を禴と曰い、秋の祭を嘗と曰い、冬の祭を烝と曰う。春は韭卵を薦め、夏は麥魚を薦め、秋は黍豚を薦め、冬は稻鴈を薦む。三歲に一たび祫し、五年に一たび禘す。祫とは、合なり。禘とは、諦なり。祫とは祖廟に大合祭するなり、禘とは其の德を諦らかにして優劣を差するなり。聖主將に祭らんとするや、必ず潔齋精思し、親の在るが若し。方に興きて未だ登らざるに、憧憧として、專ら一に親の容貌彷彿たるを想う、此れ孝子の誠なり。四方の祭を助くる者、空しくして來たる者滿ちて反り、虛しくして至る者實ちて還る、皆法則を取るなり。
現代語訳
春の祭りを「祠」といい、夏の祭りを「禴」といい、秋の祭りを「嘗」といい、冬の祭りを「烝」という。春には韮と卵を供え、夏には麦と魚を供え、秋には黍と豚を供え、冬には稲と雁を供える。三年に一度合同祭祀(祫)を行い、五年に一度大祭(禘)を行う。祫とは「合わせる」という意味であり、禘とは「つまびらかにする」という意味である。祫は祖廟に祖先の位牌をすべて合わせて祭ることであり、禘はその祖先たちの徳をつまびらかにして優劣の序列をつけることである。聖なる君主が祭ろうとする際には、必ず心身を清め深く思いを凝らし、まるで親がそこにいるかのようにする。まだ祭祀が始まらないうちから、心を落ち着けることができずに揺れ動き、ひたすら親の面影がぼんやりと浮かぶことを思い続ける。これこそが孝行な子の真心である。四方から祭祀を助けに来た人々は、空の手で来ても供物で満たされて帰り、何も持たずに来ても実りを得て帰っていく。これらはすべて、その土地の慣わしに従っているのである。
解説
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説苑・修文齋する者は其の居處を思い、其の笑語を思い、其の為す所を思う。齋すること三日にして、乃ち其の齋を為す所以の者を見る。祭の日、將に戶に入らんとするに、僾然として其の容を見るが若く、盤旋して戶を出づるに、喟然として其の嘆息の聲を聞くが若し。先人の色、目に絕えず、聲音咳唾、耳に絕えず、嗜欲好惡、心に忘れず。是れ則ち孝子の齋なり。
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