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管子 / 輕重己

以春日至始,數九十二日,謂之夏至,而麥熟。天子祀於太宗,其盛以麥。麥者,榖之始也。宗者,族之始也。同族者人,殊族者處。皆齊大材,出祭王母。天子之所以主始而忌諱也。以夏日至始,數四十六日,夏盡而秋始,而黍熟。天子祀於太祖,其盛以黍。黍者,榖之美者也。祖者,國之重者也。大功者太祖,小功者小祖,無功者無祖。無功者皆稱其位而立沃,有功者觀於外。祖者,所以功祭也,非所以戚祭也。天子之所以異貴賤而賞有功也。

新字:以春日至始,数九十二日,謂之夏至,而麦熟。天子祀於太宗,其盛以麦。麦者,榖之始也。宗者,族之始也。同族者人,殊族者処。皆斉大材,出祭王母。天子之所以主始而忌諱也。以夏日至始,数四十六日,夏尽而秋始,而黍熟。天子祀於太祖,其盛以黍。黍者,榖之美者也。祖者,国之重者也。大功者太祖,小功者小祖,無功者無祖。無功者皆称其位而立沃,有功者観於外。祖者,所以功祭也,非所以戚祭也。天子之所以異貴賤而賞有功也。

書き下し

春の日至を以て始め、九十二日を數うる、之を夏至と謂い、而して麥熟す。天子太宗に祀り、其の盛るに麥を以てす。麥なる者は、榖の始めなり。宗なる者は、族の始めなり。族を同じくする者は人り、族を殊にする者は處る。皆な大材を齊え、出でて王母を祭る。天子の始めを主として忌諱する所以なり。夏の日至を以て始め、四十六日を數うれば、夏盡きて秋始まり、而して黍熟す。天子太祖に祀り、其の盛るに黍を以てす。黍なる者は、榖の美なる者なり。祖なる者は、國の重き者なり。大功なる者は太祖、小功なる者は小祖、無功なる者は無祖なり。無功なる者は皆な其の位を稱して沃を立て、功有る者は外に觀る。祖なる者は、功祭する所以なり、戚祭する所以に非ざるなり。天子の貴賤を異にして功有るを賞する所以なり。

現代語訳

春の中日から数えて九十二日、これを夏至といい、麦が熟す。天子は太宗を祭り、その供えものに麦を盛る。麦は穀物の始まりである。宗は一族の始まりである。同じ一族の者は堂に入り、族を異にする者は外に控える。みな大きな材を揃え、出て王母を祭る。天子が始まりを主として重んじ慎むゆえんである。夏至から数えて四十六日、夏が尽きて秋が始まり、黍が熟す。天子は太祖を祭り、その供えものに黍を盛る。黍は穀物のうち美味なるものである。祖は国にとって重いものである。功の大きい者は太祖に、功の小さい者は小祖に、功のない者には祖がない。功のない者はみなその位に応じて酒を供えるだけで、功のある者は外にまで示される。祖の祭りは功を祭るためのものであって、身内を祭るためのものではない。天子が貴賤を分けて功ある者を賞するゆえんである。

解説

夏至に麦が熟し、太宗を祭る。麦は穀物の始まり、宗は一族の始まりだから、と対にします。秋の初めには黍が熟し、太祖を祭る。ここが目を引くところで、功の大きい者は太祖に、小さい者は小祖に、功のない者には祖がない。祖の祭りは功を祭るものであって身内を祭るものではない、と言い切っています。

この章句が説くこと

麦なる者は榖の始めなり宗なる者は族の始めなり黍なる者は榖の美なる者なり祖なる者は国の重き者なり大功なる者は太祖小功なる者は小祖無功なる者は無祖なり祖なる者は功祭する所以なり戚祭する所以に非ざるなり祭り

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