説苑 / 修文
生而相與交通,故曰留賓。自天子至士,各有次,贈死不及柩尸,弔生不及悲哀,非禮也。故古者吉行五十里,奔喪百里,贈賵及事之謂時;時,禮之大者也。春秋曰:「天王使宰咺來歸惠公、仲子之賵。」賵者何?喪事有賵者,蓋以乘馬束帛輿馬曰賵,貨財曰賻,水被曰襚,口實曰唅,玩好曰贈。知生者賻賵,知死者贈襚;贈襚所以送死也,賻賵所以佐生也。輿馬、束帛、貨財、衣被、玩好,其數奈何?曰,天子乘馬六匹,諸侯四匹,大夫三匹,元士二匹,下士一匹;天子束帛五匹、玄三纁二,各五十尺,諸侯玄三纁二,各三十尺,大夫玄一纁二,各三十尺,元士玄一纁一,各二丈,下士綵縵各一匹,庶人布帛各一匹;天子之賵,乘馬六匹乘車,諸侯四匹乘輿,大夫曰參輿,元士下士不用輿;天子文繡衣各一襲到地,諸侯覆跗,大夫到踝,士到髀;天子唅實以珠,諸侯以玉,大夫以璣,士以貝,庶人以穀實。位尊德厚及親者賻賵唅襚厚,貧富亦有差;二三四五之數,取之天地而制奇偶,度人情而出節文,謂之有因,禮之大宗也。
新字:生而相与交通,故曰留賓。自天子至士,各有次,贈死不及柩尸,弔生不及悲哀,非礼也。故古者吉行五十里,奔喪百里,贈賵及事之謂時;時,礼之大者也。春秋曰:「天王使宰咺来帰恵公、仲子之賵。」賵者何?喪事有賵者,蓋以乗馬束帛輿馬曰賵,貨財曰賻,水被曰襚,口実曰唅,玩好曰贈。知生者賻賵,知死者贈襚;贈襚所以送死也,賻賵所以佐生也。輿馬、束帛、貨財、衣被、玩好,其数奈何?曰,天子乗馬六匹,諸侯四匹,大夫三匹,元士二匹,下士一匹;天子束帛五匹、玄三纁二,各五十尺,諸侯玄三纁二,各三十尺,大夫玄一纁二,各三十尺,元士玄一纁一,各二丈,下士綵縵各一匹,庶人布帛各一匹;天子之賵,乗馬六匹乗車,諸侯四匹乗輿,大夫曰参輿,元士下士不用輿;天子文繡衣各一襲到地,諸侯覆跗,大夫到踝,士到髀;天子唅実以珠,諸侯以玉,大夫以璣,士以貝,庶人以穀実。位尊徳厚及親者賻賵唅襚厚,貧富亦有差;二三四五之数,取之天地而制奇偶,度人情而出節文,謂之有因,礼之大宗也。
書き下し
生きて相與に交通す、故に留賓と曰う。天子より士に至るまで、各おの次有り、死を贈るに柩尸に及ばず、生を弔うに悲哀に及ばざるは、禮に非ざるなり。故に古は吉行五十里、奔喪百里、賵を贈るに事に及ぶを時と謂う。時とは、禮の大なる者なり。春秋に曰く、「天王宰咺をして來たりて惠公・仲子の賵を歸さしむ。」と。賵とは何ぞ?喪事に賵有る者は、蓋し乘馬束帛輿馬を以て賵と曰い、貨財を賻と曰い、水被を襚と曰い、口實を唅と曰い、玩好を贈と曰う。生を知る者は賻賵し、死を知る者は贈襚す。贈襚は死を送る所以なり、賻賵は生を佐くる所以なり。輿馬・束帛・貨財・衣被・玩好、其の數奈何?曰く、天子は乘馬六匹、諸侯は四匹、大夫は三匹、元士は二匹、下士は一匹。天子の束帛五匹、玄三纁二、各おの五十尺、諸侯は玄三纁二、各おの三十尺、大夫は玄一纁二、各おの三十尺、元士は玄一纁一、各おの二丈、下士は綵縵各おの一匹、庶人は布帛各おの一匹。天子の賵は、乘馬六匹乘車、諸侯は四匹乘輿、大夫は參輿と曰い、元士下士は輿を用いず。天子の文繡の衣各おの一襲地に到り、諸侯は跗を覆い、大夫は踝に到り、士は髀に到る。天子の唅は珠を以て實とし、諸侯は玉を以てし、大夫は璣を以てし、士は貝を以てし、庶人は穀實を以てす。位尊く德厚く親に及ぶ者は賻賵唅襚厚く、貧富も亦差有り。二三四五の數は、之を天地に取りて奇偶を制し、人情を度りて節文を出す、之を因有りと謂う、禮の大宗なり。
現代語訳
生きているうちは互いに交流を持つ、だから死者を留める客(留賓)というのである。天子から士に至るまで、それぞれ順序があり、死者への贈り物が柩や遺体に間に合わないことや、生きている遺族への弔問が悲しみの時期に間に合わないことは、礼にかなわないこととされる。だから古代には、吉事の行進は一日五十里、喪に駆けつける際は一日百里とされ、贈り物が事(葬儀)に間に合うことを「時」という。時にかなうことこそ、礼の中でも最も大きなことである。春秋には「天王が宰の咺を遣わして、恵公と仲子への賵(贈り物)を届けさせた」とある。賵とは何か。喪事における贈り物には種類があり、馬車や馬・束ねた帛を賵といい、財貨を賻といい、覆いの布を襚といい、口に含ませる物を唅といい、玩具や愛玩品を贈という。生きている遺族を思う者は賻や賵を贈り、亡くなった人を思う者は贈や襚を贈る。贈や襚は死者を送るためのものであり、賻や賵は生きている遺族を助けるためのものである。馬車・馬・束帛・財貨・衣類・玩具、その数量はどうなっているか。天子は馬六頭、諸侯は四頭、大夫は三頭、元士は二頭、下士は一頭である。天子の束帛は五匹で、黒地三、赤地二、各々五十尺、諸侯は黒地三赤地二各々三十尺、大夫は黒地一赤地二各々三十尺、元士は黒地一赤地一各々二丈、下士は彩り縵各々一匹、庶人は布帛各々一匹である。天子の賵は馬六頭立ての車、諸侯は四頭立ての輿、大夫は参輿といい、元士と下士は輿を用いない。天子の文繍の衣は各々一揃いで地面に届く長さ、諸侯は足の甲を覆う長さ、大夫は踝に届く長さ、士は腿に届く長さである。天子の唅(口に含ませる物)は真珠、諸侯は玉、大夫は璣(小さな玉)、士は貝、庶人は穀物を用いる。地位が高く徳が厚く血縁が近い者ほど賻賵唅襚は手厚くなり、貧富によっても差がある。二・三・四・五という数は、天地の理から取って奇数偶数を定め、人情を推し量って節度ある形式を作り出したものであり、これを「根拠がある」といい、礼の大原則なのである。
解説
この章句が説くこと
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荀子・大略篇貨財を賻と曰い、輿馬を賵と曰い、衣服を襚と曰い、玩好を贈と曰い、玉貝を唅と曰う。賻・賵は、生を佐くる所以なり。贈・襚は、死を送る所以なり。死を送りて柩尸に及ばず、生を弔いて悲哀に及ばざるは、礼に非ざるなり。故に吉行は五十、喪に奔るは百里、賵贈は事に及ぶ、礼の大なるものなり。
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説苑・修文春秋に曰く、「庚戌天王崩ず。」傳に曰く、「天王何を以て葬を書せざるか?天子は崩を記して葬を記せざるは、必ず其の時なればなり。諸侯は卒を記し葬を記すは、天子在す有りて、必ずしも其の時ならざればなり。」必ず其の時なりとは奈何?天子は七日にして殯し、七月にして葬る。諸侯は五日にして殯し、五月にして葬る。大夫は三日にして殯し、三月にして葬る。士庶人は二日にして殯し、二月にして葬る。皆何を以て然るか?曰く、禮は凶事を豫めせず、死して後凶服を治め、衰飾を衣、棺槨を修め、穿窆宅兆を作す、然る後喪文成り、外親畢く至り、葬墳集まり、孝子忠臣の恩厚く備え盡くさる。故に天子は七月にして葬り、同軌畢く至る。諸侯は五月にして葬り、同會畢く至る。大夫は三月にして葬り、同朝畢く至る。士庶人は二月にして葬り、外姻畢く至るなり。
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荀子・礼論篇礼なる者は、生死を治むるに謹む者なり。生は人の始めなり、死は人の終はりなり。終始倶に善ければ、人道畢る。故に君子は始めを敬して終はりを慎み、終始一の如し。是れ君子の道、礼義の文なり。夫れ其の生を厚くして其の死を薄くするは、是れ其の知有るを敬して、其の知無きを慢るなり。是れ姦人の道にして倍叛の心なり。君子は倍叛の心を以て臧穀に接するすら、猶ほ且つ之を羞づ。而るを況んや以て其の隆親する所に事ふるをや。故に死の道たるや、一にして再び復すべからず。臣の其の君を重んずるを致す所以、子の其の親を重んずるを致す所以、是に於て尽く。故に生に事へて忠厚ならず、敬文ならざる、之を野と謂ふ。死を送りて忠厚ならず、敬文ならざる、之を瘠と謂ふ。君子は野を賤しみて瘠を羞づ。故に天子の棺槨は七重、諸侯は五重、大夫は三重、士は再重なり。然る後に皆な衣衾の多少厚薄の数有り、皆な翣菨文章の等有り。以て之を敬飾し、生死終始をして一の若くならしむ。一は以て人の願ひと為すに足る。是れ先王の道、忠臣孝子の極なり。天子の喪は四海を動かして諸侯を属め、諸侯の喪は通国を動かして大夫を属め、大夫の喪は一国を動かして脩士を属め、脩士の喪は一郷を動かして朋友を属め、庶人の喪は族党を合して州里を動かす。刑余の罪人の喪は、族党を合するを得ず、独り妻子を属むるのみ。棺槨は三寸、衣衾は三領、棺を飾るを得ず、昼行くを得ず、昏を以て殣め、凡て縁りて往きて之を埋む。反りて哭泣の節無く、衰麻の服無く、親疎月数の等無し。各々其の平に反り、各々其の始めに復す。已に葬埋すれば、喪無き者の若くにして止む。夫れ是れを至辱と謂ふ。
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荀子・礼論篇礼なる者は、吉凶の相ひ厭さざるに謹む者なり。纊を紸きて息を聴くの時は、則ち夫の忠臣孝子も亦た其の閔ふべきを知る。然れども殯斂の具は、未だ求むること有らざるなり。涕を垂れて恐懼すれども、然れども生を幸ふの心未だ已まず、生を持つの事未だ輟めざるなり。卒はりて、然る後に之を作具す。故に備家と雖も必ず日を踰えて然る後に能く殯し、三日にして服を成す。然る後に遠き者に告ぐる者出で、物を備ふる者作る。故に殯は久しきも七十日を過ぎず、速やかなるも五十日を損らさず。是れ何ぞや。曰く、遠き者も至る可く、百求も得可く、百事も成る可ければなり。其の忠至れり、其の節大なり、其の文備はれり。然る後に月朝に日を卜し、月夕に宅を卜し、然る後に葬るなり。是の時に当たりてや、其の義止まらば、誰か之を行ふを得ん。其の義行はれば、誰か之を止むるを得ん。故に三月の葬は、其の貌、生を以て死者を設飾するなり。殆ど直だ死者を留めて以て生を安んずるに非ざるなり。是れ隆く思慕するの義を致すなり。
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説苑・修文天子は鬯を以て贄と為す、鬯とは百草の本なり、上は天に暢び、下は地に暢び、暢ばざる所無し、故に天子は鬯を以て贄と為す。諸侯は圭を以て贄と為す、圭とは玉なり、薄くして撓まず、廉にして劌わず、瑕中に有れば、必ず外に見る、故に諸侯は玉を以て贄と為す。卿は羔を以て贄と為す、羔とは、羊なり、羊群して黨せず、故に卿以て贄と為す。大夫は鴈を以て贄と為す、鴈とは行列に長幼の禮有り、故に大夫以て贄と為す。士は雉を以て贄と為す、贄食を指すべからず、籠狎して之に服す、故に士は雉を以て贄と為す。庶人は鶩を以て贄と為す、鶩とは鶩鶩なり、鶩鶩他心無し、故に庶人は鶩を以て贄と為す。贄とは、質する所以なり。
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荀子・礼論篇喪礼なる者は、生者を以て死者を飾るなり。大いに其の生に象りて以て其の死を送るなり。故に死に事ふること生に事ふるが如く、亡に事ふること存するに事ふるが如し。終始一なり。始めて卒するや、沐浴・鬠体・飯唅は、生に象りて執るなり。沐せざれば則ち櫛を濡らして三律して止み、浴せざれば則ち巾を濡らして三式して止む。耳を充たして瑱を設け、飯するに生稲を以てし、唅ますに槁骨を以てするは、生の術に反するなり。褻衣を設け、襲すること三称、縉紳して鉤帯無し。掩面儇目を設け、鬠して冠笄せず。其の名を書して、其の重に置けば、則ち名見えずして柩独り明らかなり。薦器は、則ち冠に鍪有りて縰無く、罋廡は虚しくして実たず、簟席有りて床笫無く、木器は斲を成さず、陶器は物を成さず、薄器は内を成さず、笙竽は具はれども和せず、琴瑟は張れども均しからず、輿は蔵めて馬は反す。用ひざるを告ぐるなり。生器を具へて以て墓に適くは、徙る道に象るなり。略して尽くさず、貌のみにして功あらず、輿を趨めて之を蔵め、金革轡靷は入れず、用ひざるを明らかにするなり。徙る道に象り、又た用ひざるを明らかにするは、是れ皆な哀を重んずる所以なり。故に生器は文ありて功あらず、明器は貌ありて用ひず。凡そ礼は、生に事ふるは歓を飾るなり、死を送るは哀を飾るなり、祭祀は敬を飾るなり、師旅は威を飾るなり。是れ百王の同じき所、古今の一なる所なり。未だ其の由りて来たる所を知る者有らざるなり。故に壙壟は、其の貌室屋に象るなり。棺槨は、其の貌版蓋斯象拂に象るなり。無帾・絲歶・縷翣は、其の貌以て菲帷幬尉に象るなり。抗折は、其の貌以て槾茨番閼に象るなり。故に喪礼なる者は、他無し、死生の義を明らかにし、送るに哀敬を以てして、終に周く蔵むるなり。故に葬埋は、敬みて其の形を蔵むるなり。祭祀は、敬みて其の神に事ふるなり。其の銘誄繋世は、敬みて其の名を伝ふるなり。生に事ふるは始めを飾るなり、死を送るは終はりを飾るなり。終始具はりて、孝子の事畢はり、聖人の道備はる。死を刻して生に附するを墨と謂ひ、生を刻して死に附するを惑と謂ひ、生を殺して死を送るを賊と謂ふ。大いに其の生に象りて以て其の死を送り、死生終始をして称宜にして善を好まざる莫からしむるは、是れ礼義の法式なり。儒者は是なり。