論語 / 述而篇
子溫而厲,威而不猛,恭而安。
新字:子温而厲,威而不猛,恭而安。
書き下し
子は温にして厲し、威にして猛からず、恭にして安し。
現代語訳
先生は、温かでありながら厳しく、威厳がありながら荒々しくなく、うやうやしくありながら落ち着いておられた。
解説
弟子が孔子の人物像を、三組の対で描いた一句である。どれも普通は両立しない性質が並んでいる。温かければ甘くなり、厳しければ冷たくなる。威厳を出せば威圧になり、丁寧にすれば落ち着かなくなる。孔子はその両端を同時に持っていた、というのが弟子たちの実感だった。両立の難しさは、上に立つ人ほど身に染みているはずだ。優しくすれば規律が緩み、締めれば人が萎縮する。多くの人はどちらかに振り切るか、場面ごとに切り替える。切り替えは、相手から見れば気分屋に映る。孔子が印象的なのは、この三組を同時に持ち、揺れなかったところである。厳しさは温かさの中にあり、威厳は静けさの中にあった。両立させるとは、混ぜることではなく、どちらも手放さないことである。
この章句が説くこと
人物像両立温厲威厳安定
関連する章句
-
牧民忠告・御下小にしては一邑(いちゆう)と為り、大にしては天下と為るも、賞罰明らかなれば、則ち声色を煩わさずして威令自(おのずか)ら行わる。人徒(ただ)民を治むるの難きを知りて、吏を治むるの尤(もっと)も難きを知らず。蓋し吏は官と比(ひ)し、詭詐(きさ)生じ易し。民は官に遠く、理法を知る能わず、誤(あやま)って然(しか)して犯す、宜(むべ)なるかな矜(あわれ)む可きがごとし。吏は則ち日(ひび)法律の中に処り、知らざるに非ざるなり、小過懲(こ)らさざれば、必ず大患を為し、忌憚(きたん)する所無からん。嘗て聞く、「民を治むるは目を治むるが如し、撥触(はっしょく)すれば則ち益々昏(くら)し。吏を治むるは歯牙(しが)を治むるが如し、剔漱(てきそう)すれば則ち益々利(と)し」と。《伝》に曰わく、「威其の愛に克てば允(まこと)に済(な)る、愛其の威に克てば允に罔(あやま)る」と。功(こう)此れに法(のっと)りて行わば、断じて治め難きに至らじ。
-
『十善法語』巻第八・不貪欲戒此位アリテ居ル。下ヲ侮レバ害ノ生スルコトヲ知ル。乱世ニハ功労ノ臣ト坐起ヲ共ニシテ其忠義ヲ励マス。治世ニハ。有徳ヲ尊重シテ風化ヲ淳厚ニスルト云コトシヤ。沙門法ノ中ハ。諸ノ賢聖徳ヲ隠シテ凡夫ニ如同スル。此儀シヤ。此富アリテ有ツ。妄ニ用フレハ徳ヲ敗ルコトヲ知ル。財利民ノ為ニツム。器械国ノ為ニ設ク。城邑橋梁。神社仏閣。ソノ教ニ随テ国界ヲ荘厳スルト云コトシヤ。沙門法ノ中ハ。資財ミナ三宝ニ帰シテ自ラ畜積セヌ。此儀シヤ。此威力アリテ他ヲ伏スル。驕レハ禍蕭牆ノ中ニ起ル。顔色常ニ和ス。威厳此中ニアリテ尽ルコトナイ。音声常ニ和ス。威厳此中ニ在テ尽ルコトナイ。挙動常ニ謙下ス。威厳此中ニ在テ尽ルコトナイ。万国ヲ制伏スルニ。十分ノ威権ヲ用ヒヌ。此中威海外ヲ靡ケ。徳鰥寡ニ及フト云コトシヤ。沙門法ノ中ハ。遺教経ニ執持応器以乞自活。自見如是トアル。此儀シヤ。
-
『学問のすゝめ』九編・みずから独立の活計を得たりとて得意の色しかるに世の中にはこの蟻の所業をもってみずから満足する人あり。今その一例を挙げん。男子年長じて、あるいは工につき、あるいは商に帰し、あるいは官員となりて、ようやく親類朋友の厄介たるを免れ、相応に衣食して他人へ不義理の沙汰もなく、借屋にあらざれば自分にて手軽に家を作り、家什はいまだ整わずとも細君だけはまずとりあえずとて、望みのとおりに若き婦人を娶り、身の治まりもつきて倹約を守り、子供は沢山に生まれたれども教育もひととおりのことなればさしたる銭もいらず、不時病気等の入用に三十円か五十円の金にはいつも差しつかえなくして、細く永く長久の策に心配し、とにもかくにも一軒の家を守る者あれば、みずから独立の活計を得たりとて得意の色をなし、世の人もこれを目して不覊独立の人物と言い、過分の働きをなしたる手柄もののように称すれども、その実は大なる間違いならずや。
-
『呻吟語』外篇・治道・姑息の禍は威嚴より甚だし姑息の禍は威嚴より甚だし。此れ長厚者と道ふ可からず。
-
論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
-
『呻吟語』外篇・治道・威其の愛に克つ大眾を動かし、萬民を齊ふるには、之に主とするに慈愛を以てして、之を行ふに威嚴を以てするを要す。故に曰く、「威其の愛に克つ」と。又た曰く、「一たび怒りて天下の民を安んず」と。若し姑息寬緩、煦煦沾沾たらば、便ち是れ婦人の仁にして、一些の事も濟し得ず。