説苑 / 修文
書曰五事:一曰貌。貌者男子之所以恭敬,婦人之所以姣好也;行步中矩,折旋中規,立則磬折,拱則抱鼓,其以入君朝,尊以嚴,其以入宗廟,敬以忠,其以入鄉曲,和以順,其以入州里族黨之中,和以親。詩曰:「溫溫恭人,惟德之基。」孔子曰:「恭近於禮,遠恥辱也。」
新字:書曰五事:一曰貌。貌者男子之所以恭敬,婦人之所以姣好也;行歩中矩,折旋中規,立則磬折,拱則抱鼓,其以入君朝,尊以厳,其以入宗廟,敬以忠,其以入郷曲,和以順,其以入州里族党之中,和以親。詩曰:「温温恭人,惟徳之基。」孔子曰:「恭近於礼,遠恥辱也。」
書き下し
書に五事を曰う、一に曰く貌。貌とは男子の恭敬する所以、婦人の姣好する所以なり。行步は矩に中り、折旋は規に中り、立てば則ち磬折し、拱すれば則ち鼓を抱く。其の以て君朝に入るや、尊びて以て嚴に、其の以て宗廟に入るや、敬いて以て忠に、其の以て鄉曲に入るや、和して以て順に、其の以て州里族黨の中に入るや、和して以て親しむ。詩に曰く、「溫溫たる恭人は、惟れ德の基なり。」と。孔子曰く、「恭は禮に近く、恥辱に遠ざかる。」と。
現代語訳
書経は「五事」を説き、その第一を「貌(すがた・立ち居振る舞い)」という。貌とは、男子にあっては恭しく敬うさまであり、婦人にあっては美しく整うさまである。歩き方は定規のように正しく、身の回し方はコンパスのように整い、立てば磬(石の楽器)のように腰を折って一礼し、両手を組めば太鼓を抱くような姿勢になる。それをもって君主の朝廷に入れば、尊んで厳かに振る舞い、宗廟に入れば、敬って真心を尽くし、村里に入れば、和やかに従順に振る舞い、地域や一族の中に入れば、和やかに親しむ。詩経に「穏やかで恭しい人は、徳の基礎である」とあり、孔子は「恭しさは礼に近く、恥辱から遠ざかるものだ」と言った。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
五行大義・第十四論雑配・第六論五事五事とは、『尚書』洪範に云う、敬(つつし)みて五事を用う、と。蓋し人事を以て五行に配するなり。一に曰く貌、以て木に配す。二に曰く言、以て金に配す。三に曰く視、以て火に配す。四に曰く聴、以て水に配す。五に曰く思、以て土に配す。『尚書』洪範に曰く、貌は恭と曰い、言は従と曰い、視は明と曰い、聴は聡と曰い、思は叡と曰う。恭は粛を作(な)し、従は乂(がい)を作し、明は哲を作し、聡は謀を作し、叡は聖を作す、と。貌は恭と曰うとは、天子の恭は穆穆(ぼくぼく)と曰う。上恭粛なれば則ち下敬す。孔子曰く、その己を行うや恭、その上に事うるや敬、と。又曰く、体に在るを恭と曰い、人に加え、事に施すを敬と曰う、と。貌の恭ならざる、是れを不粛と謂う。粛は敬なり。夫れ洪範の陳ぶる所の五事に、貌を首と為すは、易に於いて、貌は震たり、震は木たり、木は観るべきなり。故に経に三徳を列して、服はその上たり。『詩』に云う、威儀を敬慎するは、惟れ人の則なり、と。威有りて畏るべき、これを威と謂う。儀有りて象(のっと)るべき、これを儀と謂う。君に威儀有れば、その臣畏れてこれを愛し、則りてこれに象る、故に能く長くその国を有つ。臣に威儀有り、故に能く長くその職を守る。君子は位に在りて畏るべく、施舎して愛すべく、進退して度とすべく、周旋して則とすべく、容止して観るべく、事を作して法とすべく、徳行して象るべく、声気して楽しむべく、動作に文有り、言語に章有り、以てその下に臨む、これを威儀と謂う。孔子曰く、その衣冠を正し、その瞻視を尊くし、儼然として人望みてこれを畏る、亦威ありて猛からずや、と。又曰く、厳以てこれに莅(のぞ)まざれば、則ち人敬せず、と。故に威儀の節を失い、怠慢驕恣なる、これを狂と謂う。狂なれば則ち下粛まず。
-
『初学訓』巻之三一人の身のわざ五あり。貌言、視聴思なり。貌とは、身のかたちのうごきをいふ。貌と、言と、視と、聴と、心に思ふと、すべて五のわざなり。思ふは其本なり。善を好み悪を嫌ひて、邪念を起さざるは、是思をつつしみて、意を誠にするなり。凡、此五事をつつしみて正しくすれば、身修まる。論語に、視と聴と言と動と、礼にかなへば、即ち仁なることを説き給へり。右にいへる五事と同じ。人の身のわざは、視、聴、言、動の四に過ぎず。四のわざに、皆天然の則ありて、行ふべき道理あり、是を礼といふ。此四のわざにつきて、為まじき事を為るは皆非礼なり。心と身との非礼を戒めて、非礼にして物を見、物をきき、物をいひ、非礼にしてかたちを動かすことなかれ。かくの如くすれば、事々皆礼にかなひて、人欲の私なく、天理行はれて、本心の徳闕けず。是即ち仁なり。仁とは、人の本心の徳なり。
-
『山鹿語類』士道・愼容貌之動案ずるに容貌に朝廷の容あり。朝廷出仕の容は、恒に敬して心に居所を不忘、進退周還ともに心やすからず、唯うや〳〵しく敬で威儀を不失を以てす。孔子の容色をうつして、君在踧踖如也、恭敬不寧之貌与々如也、威儀中適之貌といへるが如き、是朝廷の容也。詳出臣礼篇燕居の容あり。云心は外家に不出して私に居するときは、容貌をゆるやかにして、閑暇無事の時に其気を可養。然れども怠慢無礼の形をなしなんことは、尤も君子の道に非ず。唯顔色をのびやかに、和順ならしむるにあり。子之燕居するとき申々如也天々如也と云は、此心なるべし。申々は其容舒也。天々は其色愉也と注せり。而して喪祭の容、冠昏の容、賓客の容あり。各其事を詳にして、其品に応ずべし。唯敬以て其容をたゞしくするに在る耳也。玉藻曰、凡祭、容貌顔色、如見所祭者、喪容纍々、痩瘠也色容顛々、憂患貌視容瞿々梅々、驚遽微々貌言容繭々声色微也。少儀曰、吉事尚尊、喪事尚親、賓客主恭といへり。況や冠礼昏礼各其礼容あつて、儀礼に詳なることを示す。これを考へて、其時宜を委しくして、容貌をならはすべし。
-
尚書・洪範貌は恭と曰い、言は従と曰い、視は明と曰い、聴は聡と曰い、思は睿と曰う。
-
『五常訓』巻之四・礼一威儀を正しくすとは、身の形儀をつつしむなり。是礼のおもんずる処なり。外の形儀みだりなれば、内心も共に不敬になる。敬は心にあるのみならず、内外ともに正しくすべし。坐する時、立つ時、行く時、臥す時、皆礼ありて怠るべからず。耳をかたぶけて、人の密事をきく事なかれ。ながしめに人を見る事なかれ。甚労するにあらずんば、我が家にありても、怠りてみだりに臥す事なかれ。立にかたし立すべからず。坐して両足をのぶべからず。かたぬぐ事なかれ。人の密事をうかがはず。たはぶれの顔色をすべからず。
-
『山鹿語類』士道・愼容貌之動師嘗曰。容貌は天命の性心を入るゝ処の器地、内の思ひ不正ときは、容貌こゝに傾て、其表外にいちじるし。容貌をたゞさんとならば、内に思ふ所を可糾明也。思内にあつて色表にあらはれ、内外表裏本末一貫の天然なれば、更に差別を不可存也。古の君子容貌をつゝしみて、威儀の則りをつまびらかにすること、尤可案礼。礼曰、君子之容遅舒といへり。遅舒はいそがはしからず、閑にをもむろなるの謂也。少儀曰、賓客主恭、祭祀主敬、喪事主哀、会同主詡、言語敏大而有勇也軍旅思険、隠情以虞といへり。是外の容貌、其あらはるゝ処、各内の思を主とするを以て、内の思を其事物に因て糾明して、正しからしむる時は、容貌こゝに相叶べき也。単襄公曰、君子目以定体、足以従之、是以観其容而知其心と也。容をはなれて心を置くべき処あらざれば也。而して容貌各其時をはかり、其処により、其事物にをいて相変ず。賈誼が容経に、容有四起、朝廷之容、師々然、翼々然、整以敬、祭祀之容、遂々然、粥々然、敬以婉、軍旅之容、湢然、粛然、固以猛、喪紀之容、怮然、懾然、若不還といへり。是古来容貌を詳にするの謂なり。