説苑 / 修文
齊景公登射,晏子脩禮而待。公曰:「選射之禮,寡人厭之矣。吾欲得天下勇士,與之圖國。」晏子對曰:「君子無禮,是庶人也;庶人無禮,是禽獸也;夫臣勇多則弒其君,子力多則弒其長,然而不敢者,惟禮之謂也。禮者所以御民也,轡者所以御馬也;無禮而能治國家者,嬰未之聞也。」景公曰:「善。」乃飭射更席以為上客,終日問禮。
新字:斉景公登射,晏子脩礼而待。公曰:「選射之礼,寡人厭之矣。吾欲得天下勇士,与之図国。」晏子対曰:「君子無礼,是庶人也;庶人無礼,是禽獣也;夫臣勇多則弒其君,子力多則弒其長,然而不敢者,惟礼之謂也。礼者所以御民也,轡者所以御馬也;無礼而能治国家者,嬰未之聞也。」景公曰:「善。」乃飭射更席以為上客,終日問礼。
書き下し
齊の景公射に登るに、晏子禮を脩めて待つ。公曰く、「選射の禮、寡人之を厭う。吾天下の勇士を得て、之と國を圖らんと欲す。」晏子對えて曰く、「君子禮無ければ、是れ庶人なり。庶人禮無ければ、是れ禽獸なり。夫れ臣勇多ければ則ち其の君を弒し、子力多ければ則ち其の長を弒す。然れども敢えてせざる者は、惟だ禮を之れ謂うなり。禮とは民を御する所以なり、轡とは馬を御する所以なり。禮無くして能く國家を治むる者は、嬰未だ之を聞かざるなり。」と。景公曰く、「善し。」と。乃ち射を飭め席を更めて以て上客と為し、終日禮を問う。
現代語訳
斉の景公が射礼の場に上がると、晏子は礼を整えて控えていた。景公は言った。「射礼の作法など、私はもう飽き飽きしている。天下の勇士を得て、彼らと国家の大事を図りたいものだ。」晏子は答えた。「君子に礼がなければ、それはただの庶人です。庶人に礼がなければ、それは禽獣と同じです。そもそも臣下の勇気が過ぎればその主君を弑逆し、子の力が過ぎればその父兄を害するものですが、それでも彼らが実行に移さないのは、ひとえに礼のおかげなのです。礼とは民を制御するものであり、手綱が馬を制御するのと同じです。礼なくして国家をよく治めた者がいるとは、私はまだ聞いたことがありません。」景公は「その通りだ」と言い、そこで射礼の場を整え席次を改めて晏子を上客として遇し、一日中礼について尋ねた。
解説

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