説苑 / 修文
傳曰:「觸情縱欲,謂之禽獸;苟可而行,謂之野人;安故重遷,謂之眾庶;辨然通古今之道謂之士;進賢達能,謂之大夫;敬上愛下,謂之諸侯;天覆地載,謂之天子。是故士服黼,大夫黻,諸侯火,天子山龍;德彌盛者文彌縟,中彌理者文彌章也。」詩曰:「左之左之,君子宜之;右之右之,君子有之。」傳曰:「君子者,無所不宜也,是故冕厲戒,立于廟堂之上,有司執事無不敬者;斬衰裳,苴絰杖,立于喪次,賓客弔唁無不哀者;被甲攖冑立于桴鼓之間,士卒莫不勇者。故仁者足以懷百姓,勇足以安危國,信足以結諸侯,強足以拒患難,威足以率三軍。故曰為左亦宜,為右亦宜,為君子無不宜者,此之謂也。」
新字:伝曰:「触情縦欲,謂之禽獣;苟可而行,謂之野人;安故重遷,謂之衆庶;弁然通古今之道謂之士;進賢達能,謂之大夫;敬上愛下,謂之諸侯;天覆地載,謂之天子。是故士服黼,大夫黻,諸侯火,天子山竜;徳弥盛者文弥縟,中弥理者文弥章也。」詩曰:「左之左之,君子宜之;右之右之,君子有之。」伝曰:「君子者,無所不宜也,是故冕厲戒,立于廟堂之上,有司執事無不敬者;斬衰裳,苴絰杖,立于喪次,賓客弔唁無不哀者;被甲攖冑立于桴鼓之間,士卒莫不勇者。故仁者足以懐百姓,勇足以安危国,信足以結諸侯,強足以拒患難,威足以率三軍。故曰為左亦宜,為右亦宜,為君子無不宜者,此之謂也。」
書き下し
傳に曰く、「情に觸れ欲を縱にする、之を禽獸と謂う。苟くも可なれば行う、之を野人と謂う。故に安んじ遷るを重んず、之を眾庶と謂う。辨然として古今の道に通ずる、之を士と謂う。賢を進め能を達す、之を大夫と謂う。上を敬い下を愛す、之を諸侯と謂う。天覆い地載す、之を天子と謂う。是の故に士は黼を服し、大夫は黻し、諸侯は火し、天子は山龍す。德彌よ盛んなる者は文彌よ縟く、中彌よ理まる者は文彌よ章らかなり。」と。詩に曰く、「之を左にし之を左にす、君子之に宜し。之を右にし之を右にす、君子之を有す。」と。傳に曰く、「君子とは、宜しからざる所無きなり。是の故に冕厲戒し、廟堂の上に立てば、有司執事敬わざる者無し。斬衰の裳、苴絰の杖、喪次に立てば、賓客弔唁哀しまざる者無し。甲を被り冑を攖て桴鼓の間に立てば、士卒勇ましからざる者莫し。故に仁は以て百姓を懷くるに足り、勇は以て危國を安んずるに足り、信は以て諸侯を結ぶに足り、強は以て患難を拒ぐに足り、威は以て三軍を率いるに足る。故に曰く、左為すも亦宜しく、右為すも亦宜しく、君子為りて宜しからざる無し、此を之れ謂うなり。」と。
現代語訳
ある伝には次のようにある。「感情のままに欲望を放縦にする者、これを禽獣という。ただできるからといって行う者、これを野人という。現状に安んじて変化を嫌う者、これを衆庶(一般大衆)という。物事を弁え古今の道理に通じる者、これを士という。賢者を推挙し有能な人材を登用する者、これを大夫という。上を敬い下を慈しむ者、これを諸侯という。天のように覆い地のように載せる(すべてを包容する)者、これを天子という。だから士は黼(ふ)の紋様の礼服を、大夫は黻(ふつ)の紋様を、諸侯は火の紋様を、天子は山と龍の紋様を身につける。徳が盛んになるほど装いの文様は華やかになり、内面が整うほど外に現れる文彩は明らかになるのである。」詩経に「これを左にしても、これを右にしても、君子はそれにふさわしい」とあるように、伝はこう説く。「君子とは、何をしてもふさわしくない場合がない者である。だから冠をつけ身を戒めて廟堂の上に立てば、役人たちは誰もが敬わずにいられない。喪服を着て杖をつき喪の場に立てば、弔問客は誰もが哀しまずにいられない。甲冑を身にまとい太鼓と共に戦場に立てば、兵士は誰もが勇み立たずにいられない。だから仁は民衆の心をつかむに十分であり、勇気は危うい国を安定させるに十分であり、信義は諸侯と結束するに十分であり、強さは患難を防ぐに十分であり、威厳は三軍を率いるに十分である。だから、左に置いてもふさわしく、右に置いてもふさわしく、君子であればふさわしくないことはない、というのはこのことを言うのである。」
解説

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