説苑 / 修文
天下有道,則禮樂征伐自天子出。夫功成制禮,治定作樂,禮樂者,行化之大者也。孔子曰:「移風易俗,莫善於樂;安上治民,莫善於禮。是故聖王修禮文,設庠序,陳鍾鼓,天子辟雍,諸侯泮宮,所以行德化。詩云:『鎬京辟雍,自西自東,自南自北,無思不服。』此之謂也。」
新字:天下有道,則礼楽征伐自天子出。夫功成制礼,治定作楽,礼楽者,行化之大者也。孔子曰:「移風易俗,莫善於楽;安上治民,莫善於礼。是故聖王修礼文,設庠序,陳鍾鼓,天子辟雍,諸侯泮宮,所以行徳化。詩云:『鎬京辟雍,自西自東,自南自北,無思不服。』此之謂也。」
書き下し
天下道有れば、則ち禮樂征伐は天子より出づ。夫れ功成りて禮を制し、治定まりて樂を作る、禮樂は行化の大なる者なり。孔子曰く、「風を移し俗を易うるは、樂より善きは莫し。上を安んじ民を治むるは、禮より善きは莫し。是の故に聖王は禮文を修め、庠序を設け、鍾鼓を陳ね、天子は辟雍、諸侯は泮宮、德化を行う所以なり。詩に云う、『鎬京の辟雍、西自り東自り、南自り北自り、服せざる無きを思う』と。此を之れ謂うなり。」と。
現代語訳
天下に道が行われていれば、礼楽や征伐は天子から発せられる。そもそも功が成って初めて礼を制定し、世が治まって初めて楽を作る。礼楽とは教化を行う上で最も大きなものである。孔子は言った。「風俗を変えるには音楽より優れたものはなく、上を安んじ民を治めるには礼より優れたものはない。だから聖王は礼の文物を整え、学校を設け、鐘や太鼓を並べ、天子は辟雍、諸侯は泮宮という学舎を建てて、徳による教化を行うのである。詩経に『鎬京の辟雍は、東西南北のどこからも人々が慕って集まり、心服しない者はいない』とあるのは、まさにこのことを言うのである。」
解説
礼楽が単なる儀式や娯楽ではなく、社会の秩序と道徳を維持する装置として位置づけられている点が本章の核心である。制度や規則(礼)と人の心を動かす文化・雰囲気(楽)の両輪が揃って初めて、組織や社会は表面的な服従を超えた自発的な心服を得られるという発想は、現代の組織運営にも通じる。ルールを整備するだけでなく、共有される文化や物語を育てることが、真に人を動かす力になるという教訓を読み取れる。
この章句が説くこと
礼楽教化徳治
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説苑・修文凡そ外從り入る者、聲音より深き莫し、人を變ずること最も極まる、故に聖人因りて之を成すに德を以てして樂と曰う、樂とは德の風なり。詩に曰く、「威儀抑抑として、德音秩秩たり。」禮樂を謂うなり。故に君子は禮を以て外を正し、樂を以て內を正す。內須臾も樂を離るれば、則ち邪氣生ず。外須臾も禮を離るれば、則ち慢行起こる。故に古は天子諸侯は鐘聲を聽き、未だ嘗て庭を離れず、卿大夫は琴瑟を聽き、未だ嘗て前を離れず、正心を養い淫氣を滅する所以なり。樂の內に動くや、人をして道を易えて良を好ましむ。樂の外に動くや、人をして溫恭にして文雅ならしむ。雅頌の聲人を動かせば、正氣之に應ず。和成容好の聲人を動かせば、和氣之に應ず。粗厲猛賁の聲人を動かせば、怒氣之に應ず。鄭衛の聲人を動かせば、淫氣之に應ず。是を以て君子は其の人を動かす所以を慎むなり。
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説苑・修文樂の密かにすべき者は、琴最も宜し、君子其の以て德を脩むべきを以て、故に之に近づく。凡そ音の起こるは、人心に由りて生ずるなり。人心の動くは、物之をして然らしむるなり。物に感じて後動く、故に聲に形る。聲相應ず故に變を生じ、變方を成す故に之を音と謂う。音を比べて之を樂しみ、干戚羽旄に及ぶを樂と謂う。樂とは音の由りて生ずる所なり、其の本は人心の物に感ずるに在り。是の故に其の哀心感ずれば、其の聲以て殺す。其の樂心感ずれば、其の聲嘽として以て緩し。其の喜心感ずれば、其の聲發して以て散ず。其の怒心感ずれば、其の聲壯にして以て厲し。其の敬心感ずれば、其の聲直にして以て廉なり。其の愛心感ずれば、其の聲和して以て調う。人の善惡は牲に非ず、物に感じて後動く、是の故に先王其の感ずる所以を慎む、故に禮以て其の意を定め、樂以て其の性を和し、政以て其の行を一にし、刑以て其の姦を防ぐ。禮樂刑政、其の極一なり、民心を同じくして治道を立つる所以なり。
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荀子・楽論篇夫れ聲樂(せいがく)の人に入るや深く、其の人を化するや速やかなり。故に先王謹んで之が文(ぶん)を為(つく)る。樂中平(ちゅうへい)なれば則ち民和して流れず、樂肅莊(しゅくそう)なれば則ち民齊(ととの)いて亂れず。民和し齊えば則ち兵勁(つよ)く城固く、敵國敢えて嬰(ふ)れざるなり。是の如くんば、則ち百姓其の處(ところ)に安んじ、其の鄉を樂しみ、以て其の上(かみ)に至足(しそく)せざるは莫し。然る後に名聲是(ここ)に於いて白(あき)らかに、光輝是に於いて大に、四海の民得て以て師と為さんことを願わざるは莫し。是れ王者の始めなり。樂姚冶(ようや)にして以て險(けん)なれば、則ち民は流僈(りゅうまん)鄙賤(ひせん)ならん。流僈なれば則ち亂れ、鄙賤なれば則ち爭う。亂れ爭えば則ち兵弱く城犯され、敵國之を危うくす。是の如くんば、則ち百姓其の處に安んぜず、其の鄉を樂しまず、其の上に足らざるなり。故に禮樂廢れて邪音起こる者は、危削(きさく)侮辱(ぶじょく)の本なり。故に先王は禮樂を貴びて邪音を賤しむ。其の序官(じょかん)に在るや、曰く、「憲命(けんめい)を脩め、詩商(ししょう)を審(つまび)らかにし、淫聲を禁じ、時を以て順脩し、夷俗(いぞく)邪音をして敢えて雅を亂さざらしむるは、太師(たいし)の事なり」と。
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荀子・楽論篇且つ樂なる者は、和の變ずべからざる者なり。禮なる者は、理(り)の易(か)うべからざる者なり。樂は同を合し、禮は異を別つ。禮樂の統(とう)、人心を管(つかさど)る。本を窮め變を極むるは、樂の情なり。誠を著(あら)わし偽(ぎ)を去るは、禮の經(けい)なり。墨子之を非るは、幾(ほとん)ど刑に遇(あ)わん。明王已(すで)に沒し、之を正す莫し。愚者之を學べば、其の身を危うくせん。君子樂を明らかにするは、乃(すなわ)ち其の德なり。亂世は善を惡み、此れを聽かず。於乎(ああ)哀しいかな、成るを得ざるなり。弟子勉め學べ、營(まど)う所無かれ。
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説苑・修文樂とは、聖人の樂しむ所なり、而して以て民心を善くすべし、其の人を感ずること深く、其れ風を移し俗を易う、故に先王其の教を著す。夫れ民に血氣心知の性有れど、哀樂喜怒の常無く、感に應じ物に起ちて動き、然る後心術形る。是の故に感激憔悴の音作れば、民憂いを思う。嘽奔慢易繁文簡節の音作れば、民康樂す。粗屬猛奮廣賁の音作れば、民剛毅なり。廉直勁正莊誠の音作れば、民肅敬す。寬裕肉好順成和動の音作れば、民慈愛す。流僻邪散狄成滌濫の音作れば、民淫亂す。是の故に先王之を情性に本づけ、之を度數に稽え、之を禮義に制す。生氣の和を含み、五常の行を道びき、陽をして散ぜしめず、陰をして密ならしめず、剛氣怒らず、柔氣懾れず、四暢中に交わりて、外に發作し、皆其の位に安んじ、相奪わず。然る後之を學等に立て、其の節奏を廣め、其の文彩を省く。以て德の厚きを繩し、小大の稱を律し、終始の序を比べ、以て事行を象り、親疏貴賤、長幼男女の理をして、皆樂に形見せしむ、故に樂は其の深きを觀ると曰う。土弊るれば則ち草木長ぜず、水煩わしければ則ち魚鱉大ならず、氣衰うれば則ち生物遂げず、世亂るれば則ち禮慝にして樂淫す。是の故に其の聲哀にして莊ならず、樂にして安からず、慢易にして節を犯し、流漫にして本を忘る、廣ければ則ち姦を容れ、狹ければ則ち慾を思う。滌蕩の氣を感じ、平和の德を滅す、是を以て君子之を賤しむなり。凡そ姦聲人を感じて逆氣之に應じ、逆氣象を成して淫樂興る。正聲人を感じて順氣之に應じ、順氣象を成して和樂興る。唱和應有り、回邪曲直、各おの其の分に歸し、萬物の理、類を以て相動くなり。是の故に君子情に反りて以て其の志を和し、類を比べて以て其の行を成す、姦聲亂色、聽くに習わず、淫樂慝禮、心術に接せず、惰慢邪辟の氣、身體に設けず。耳目鼻口心智百體をして、皆順正に由りて其の義を行わしめ、然る後聲音を以て發し、琴瑟を以て文り、干戚を以て動かし、羽旄を以て飾り、簫管を以て從う。至德の光を奮い、四氣の和を動かし、以て萬物の理を著す。是の故に清明は天に象り、廣大は地に象り、終始は四時に象り、周旋は風雨に象る。五色は文を成して亂れず、八風は律に從いて姦ならず、百度は數を得て常有り。小大相成り、終始相生じ、唱和清濁、代相て經と為る、故に樂行われて倫清く、耳目聰明、血氣和平、風を移し俗を易え、天下皆寧し、故に樂とは樂しむなりと曰う。君子は其の道を得るを樂しみ、小人は其の慾を得るを樂しむ、道を以て慾を制すれば、則ち樂しみて亂れず、慾を以て道を忘るれば、則ち惑いて樂しまず、是の故に君子は情に反りて以て其の意を和し、樂を廣めて以て其の教を成す、故に樂行われて民方に向う、以て德を觀るべし。德とは性の端なり、樂とは德の華なり、金石絲竹は、樂の器なり。詩は其の志を言い、歌は其の聲を詠じ、舞は其の容を動かす、三者心に本づき、然る後樂器之に從う。是の故に情深くして文明らかに、氣盛んにして化神なり、和順中に積みて英華外に發す、惟だ樂のみ偽と為すべからず。樂とは、心の動きなり、聲とは、樂の象なり、文采節奏は、聲の飾りなり。君子の動くは本、樂は其の象なり、後其の飾りを治む、是の故に先んじて鼓して以て警戒し、三步して以て方を見わし、再び始めて以て往くを著し、復た亂して以て歸るを飭む。奮疾にして拔けず、極幽にして隱れず、獨り其の志を樂しみ、其の道を厭わず、備さに其の道を舉げ、其の慾を私せず。是の故に情見れて義立ち、樂終りて德尊し、君子は以て善を好み、小人は以て過を飭む、故に生民の道、樂を大なりと曰う。
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三略・下略賢人の政は、人を降すに体を以てし、聖人の政は、人を降すに心を以てす。体降れば以て始めを図るべく、心降れば以て終はりを保つべし。体を降すには礼を以てし、心を降すには楽を以てす。所謂楽とは、金、石、糸、竹に非ざるなり、人其の家を楽しむを謂ひ、人其の俗を楽しむを謂ひ、人其の業を楽しむを謂ひ、人其の都邑を楽しむを謂ひ、人其の政令を楽しむを謂ひ、人其の道徳を楽しむを謂ふ。此くの如くんば君人たる者、乃ち楽を作りて之を節し、其の和を失はざらしむ。故に有徳の君は、楽を以て人を楽しましめ、無徳の君は、楽を以て身を楽しましむ。人を楽しましむる者は、久しくして長く、身を楽しましむる者は久しからずして亡ぶ。