説苑 / 辨物
趙簡子問翟封荼曰:「吾聞翟雨穀三日,信乎?」曰:「信。」「又聞雨血三日,信乎!」曰:「信。」「又聞馬生牛,牛生馬,信乎?」曰:「信。」簡子曰:「大哉,妖亦足以亡國矣!」對曰:「雨穀三日,虻風之所飄也;雨血三日,鷙鳥擊於上也;馬生牛,牛生馬,雜牧也,此非翟之妖也。」簡子曰:「然則翟之妖奚也?」對曰:「其國數散,其君幼弱,其諸卿貨其大夫,比黨以求祿爵,其百官肆斷而無告,其政令不竟而數化,其士巧貪而有怨,此其妖也。」
新字:趙簡子問翟封荼曰:「吾聞翟雨穀三日,信乎?」曰:「信。」「又聞雨血三日,信乎!」曰:「信。」「又聞馬生牛,牛生馬,信乎?」曰:「信。」簡子曰:「大哉,妖亦足以亡国矣!」対曰:「雨穀三日,虻風之所飄也;雨血三日,鷙鳥擊於上也;馬生牛,牛生馬,雑牧也,此非翟之妖也。」簡子曰:「然則翟之妖奚也?」対曰:「其国数散,其君幼弱,其諸卿貨其大夫,比党以求禄爵,其百官肆断而無告,其政令不竟而数化,其士巧貪而有怨,此其妖也。」
書き下し
趙簡子翟封荼(てきほうと)に問いて曰わく、「吾聞く、翟穀を雨(ふ)らすこと三日、信なりや。」曰わく、「信なり。」「又聞く、血を雨らすこと三日、信なりや。」曰わく、「信なり。」「又聞く、馬牛を生み、牛馬を生む、信なりや。」曰わく、「信なり。」簡子曰わく、「大いなるかな、妖も亦た以て国を亡ぼすに足るかな。」対えて曰わく、「穀を雨らすこと三日は、虻風(ぼうふう)の飄(ひるがえ)す所なり。血を雨らすこと三日は、鷙鳥(しちょう)の上に撃つなり。馬牛を生み牛馬を生むは、雑牧なり。此れ翟の妖に非ざるなり。」簡子曰わく、「然らば則ち翟の妖は奚(なん)ぞや。」対えて曰わく、「其の国数々散じ、其の君幼弱、其の諸卿其の大夫に貨し、党を比べて以て禄爵を求め、其の百官肆断(しだん)して告ぐる無く、其の政令竟(お)えずして数々化し、其の士巧貪にして怨み有り。此れ其の妖なり。」
現代語訳
趙簡子が翟の封荼という人物に尋ねて言った。「私が聞くところでは、翟の地では三日間穀物が降ったということだが、本当か。」封荼は「本当です」と言った。「また聞くところでは、三日間血が降ったということだが、本当か。」「本当です。」「また聞くところでは、馬が牛を生み、牛が馬を生んだということだが、本当か。」「本当です。」簡子は言った。「なんと大変な話だ。この妖異だけでも国を滅ぼすに十分だろう。」封荼は答えて言った。「穀物が三日間降ったのは、虻を運ぶ風が吹き飛ばしたものです。血が三日間降ったのは、猛禽が上空で獲物を撃ち落としたものです。馬が牛を生み牛が馬を生んだというのは、放牧が入り混じっていただけのことです。これらは翟の本当の妖異ではありません。」簡子は言った。「それならば翟の本当の妖異とは何か。」封荼は答えて言った。「その国はたびたび分裂し、その君主は幼く弱く、卿たちは大夫に賄賂を贈り、徒党を組んで俸禄や爵位を求め、百官は勝手気ままにふるまって上に報告せず、政令は貫徹されないままたびたび変更され、士たちは巧みに貪欲で怨みを抱いている。これこそが翟の本当の妖異なのです。」
解説
この章句が説くこと
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『新序』雜事第二武王殷に勝ち、二虜を得て焉に問う。曰く、而の國に妖有りや、と。一虜答えて曰く、吾が國に妖有り。晝に星を見て血を雨らす。此れ吾が國の妖なり、と。一虜答えて曰く、此れ則ち妖なり。然りと雖も、其の大なる者に非ざるなり。吾が國の妖、其の大なる者は、子父に聽かず、弟兄に聽かず、君の令行われず。此れ妖の大なる者なり、と。
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説苑・辨物易に曰わく、「天は象を垂れて吉凶を見(あら)わし、聖人は之に則る」と。昔者(むかし)高宗・成王は雊雉(こうち)・暴風の変に感じ、身を脩め自ら改めて豊昌の福を享けたり。秦の皇帝の位に即くに逮(およ)びては、彗星四たび見(あら)われ、蝗虫天を蔽い、冬に雷し夏に凍り、石は東郡に隕(お)ち、大人は臨洮に出で、妖孽並び見わる。熒惑は心を守り、星は大角に茀(ぼう)し、大角は以て亡ぶ。終に改むる能わず。二世立ちて又其の悪を重ぬ。即位に及びて、日月薄蝕し、山林淪亡し、辰星は四孟に出で、太白は天を経て行き、雲無くして雷し、枉矢は夜光り、熒惑は月を襲い、孽火は宮を焼き、野禽は庭に戯れ、都門は内に崩る。天変は上に動き、群臣は朝に昏く、百姓は下に乱れ、遂に察せず、是を以て亡びたるなり。
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説苑・辨物晋の平公畋(かり)に出で、乳虎の伏して動かざるを見る。顧みて師曠に謂いて曰わく、「吾之を聞く、覇王の主出づれば、則ち猛獣伏して敢えて起きずと。今者(いま)寡人出でて、乳虎の伏して動かざるを見る、此れ其れ猛獣か。」師曠曰わく、「鵲は某を食らい、某は鵔鸃(しゅんぎ)を食らい、鵔鸃は豹を食らい、豹は駮(はく)を食らい、駮は虎を食らう。夫れ駮の状は駮馬に似たる有り、今者君の出づるや必ず駮馬に驂して出畋せしか。」公曰わく、「然り。」師曠曰わく、「臣之を聞く、一たび自ら誣(し)いる者は窮し、再び自ら誣いる者は辱められ、三たび自ら誣いる者は死すと。今夫れ虎の動かざる所以は、駮馬の為なり、固より主君の徳義に非ざるなり、君奈何ぞ一たび自ら誣うるや。」平公異日朝に出づるに、鳥有りて平公を環(めぐ)りて去らず。平公顧みて師曠に謂いて曰わく、「吾之を聞く、覇王の主は、鳳之に下ると。今者朝に出づるに鳥有りて寡人を環り、終朝去らず、是れ其れ鳳鳥か。」師曠曰わく、「東方に鳥有り諫珂(かんか)と名づく。其の鳥為るや、文身にして朱足、烏を憎みて狐を愛す。今者吾が君必ず狐裘を衣て以て朝に出でしか。」平公曰わく、「然り。」師曠曰わく、「臣已に嘗て之を言えり、一たび自ら誣いる者は窮し、再び自ら誣いる者は辱められ、三たび自ら誣いる者は死すと。今鳥の為すは狐裘の故なり、吾が君の徳義に非ざるなり、君奈何ぞ再び自ら誣うるや。」平公悦ばず。異日虒祁(しき)の台に酒を置き、郎中馬章をして蒺藜(しつり)を階上に布かしめ、人をして師曠を召さしむ。師曠至り、履きて堂に上る。平公曰わく、「安(いず)くにか人臣にして履きて人主の堂に上る者有らんや。」師曠履を解きて足を刺し、伏して膝を刺し、天を仰ぎて歎ず。公起ちて之を引きて曰わく、「今者叟(そう)と戯るるのみ、叟遽(にわ)かに憂うるか。」対えて曰わく、「憂うるは夫れ肉自ら虫を生じて、還りて自ら食らわるるなり。木自ら蠹(と)を生じて、還りて自ら刻まるるなり。人自ら妖を興して、還りて自ら賊(そこな)わるるなり。五鼎の具は当(まさ)に藜藿(れいかく)を生ずべからず、人主の堂廟は当に蒺藜を生ずべからず。」平公曰わく、「今之を為すこと奈何にせん。」師曠曰わく、「妖已に前に在り、奈何ともする無し。来月八日に入りて、百官を脩め、太子を立てよ、君将に死せんとす。」来月八日に至りて旦を得、師曠に謂いて曰わく、「叟今日を以て期と為す、寡人如何(いかん)。」師曠楽しまずして帰らんことを謁す。帰りて未だ幾(いくば)くならずして平公死す。乃ち師曠の神明なるを知る。
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説苑・敬慎孔子曰わく、「存亡禍福は、皆己に在るのみ。天災地妖も、亦た殺す能わざるなり」と。昔者殷王帝辛の時、爵城の隅に烏を生む。工人之を占いて曰わく、「凡そ小以て巨を生ず、国家必ず祉あり、王名必ず倍せん」と。帝辛爵の徳を喜びて、国家を治めず、亢暴極まり無し。外寇乃ち至り、遂に殷国を亡ぼす。此れ天の時に逆らい、詭福反りて禍と為るに至るなり。殷王武丁の時、先王の道欠け、刑法弛み、桑穀俱に朝に生じ、七月にして大いに拱す。工人之を占いて曰わく、「桑穀は、野物なり。野物朝に生ずるは、意うに朝亡びんか」と。武丁恐れ駭き、身を側めて行を修め、先王の政を思い、滅国を興し絶世を継ぎ、逸民を挙げ、養老の道を明らかにす。三年の後、遠方の君、重訳して朝する者六国、此れ天の時を迎えて禍反りて福と為るなり。故に妖孽は、天の天子諸侯を警む所以なり。悪夢は、士大夫を警む所以なり。故に妖孽は善政に勝たず、悪夢は善行に勝たず。至治の極みは、禍反りて福と為る。故に太甲に曰わく、「天の作せる孽は、猶お違うべし、自ら作せる孽は、逭るべからず」と。
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呂氏春秋・明理③其の雲の狀、犬の若く、馬の若く、白鵠の若く、衆車の若きもの有り。其の狀人の若きもの有り、蒼衣赤首にして、動かず、其の名を天衝と曰う。其の狀旍を懸くるが若くして赤きもの有り、其の名を雲旍と曰う。其の狀衆馬の以て鬭うが若きもの有り、其の名を滑馬と曰う。其の狀衆植の華きて以て長く、黃上白下の若きもの有り、其の名は蚩尤の旗なり。其の日に鬭蝕有り、倍僪有り、暈珥有り、光らざる有り、景に及ばざる有り、衆日並び出づる有り、晝盲き有り、霄見わるる有り。其の月に薄蝕有り、暉珥有り、偏盲有り、四月並び出づる有り、二月並び見わる有り、小月の大月を承くる有り、大月の小月を承くる有り、月の星を蝕する有り、出づるも光無き有り。其の星に、熒惑有り、彗星有り、天棓有り、天欃有り、天竹有り、天英有り、天干有り、賊星有り、鬭星有り、賓星有り。其の氣に、上は天に屬らず、下は地に屬らざるもの有り、豐上殺下なるもの有り、水の波の若きもの有り、山の楫の若きもの有り。春は則ち黃、夏は則ち黑、秋は則ち蒼、冬は則ち赤。其の妖孽に、生まれて帶の如きもの有り、鬼の其の陴を投ずるもの有り。菟の雉を生み、雉も亦た鴳を生む有り。螟の其の國に集まる有り、其の音匈匈たり。國に游蛇西東し、馬牛乃ち言い、犬彘乃ち連なる有り。狼國に入る有り、人天自り降る有り。市に舞鴟有り、國に行飛有り。馬に角を生ずる有り。雄雞五足、豕生まれて彌なるもの有り。雞卵に毈多く、社の處を遷す有り。豕の狗を生む有り。國に此の物有りて、其の主、驚惶して亟やかに革むるを知らざれば、上帝、禍いを降し、凶災必ず亟やかならん。其の殘亡死喪し、殄絕類い無く、流散して循いに饑えんこと日無し。此れ皆亂國の生ずる所なり。勝げて數うるに能わず。荊越の竹を盡くすとも、猶ほ書する能わず。故に子華子曰く、「夫れ亂世の民は、長短頡啎にして、百疾あり、民に疾癘多く、道に褓繈多く、盲禿傴尪、萬怪皆生ず。」故に亂世の主は、烏くんぞ至樂を聞かん。至樂を聞かざれば、其の樂は樂しからず。
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説苑・反質趙の簡子弊車瘦馬に乘り、羖羊の裘を衣る、其の宰進みて諫めて曰く、「車新たなれば則ち安く、馬肥ゆれば則ち往來疾く、狐白の裘は溫にして且つ輕し。」と。簡子曰く、「吾知らざるに非ざるなり。吾之を聞く、君子善を服せば則ち益々恭しく、細人善を服せば則ち益々倨ると。我以て自ら備う、恐らくは細人の心有らんことをと。傳に曰く、周公位尊くして愈よ卑く、敵に勝ちて愈よ懼れ、家富みて愈よ儉なり、故に周氏八百餘年なり、此を之れ謂うなり。」と。