呂氏春秋 / 明理③
其雲狀:有若犬、若馬、若白鵠、若眾車;有其狀若人,蒼衣赤首,不動,其名曰天(衡)〔衝〕;有其狀若懸釜而赤,其名曰雲旍;有其狀若眾馬以鬭,其名曰滑馬;有其狀若眾植華以長,黃上白下,其名蚩尤之(旍)〔旗〕。其日有鬭蝕,有倍僪,有暈珥,有不光,有不及景,有眾日並出,有晝盲,有霄見。其(日)〔月〕有薄蝕,有暉珥,有偏盲,有四月並出,有二月並見,有小月承大月,有大月承小月,有月蝕星,有出而無光。其星有熒惑,有彗星,有天棓,有天欃,有天竹,有天英,有天干,有賊星,有鬭星,有賓星。其氣有上不屬天,下不屬地,有豐上殺下,有若水之波,有若山之楫,春則黃,夏則黑,秋則蒼,冬則赤。其妖孽有生如帶,有鬼投其陴,有菟生雉,雉亦生鴳,有螟集其國,其音匈匈,國有游虵西東,馬牛乃言,犬彘乃連,有狼入於國,有人自天降,市有舞鴟,國有行飛,馬有生角,雄雞五足,有豕生而彌,雞卵多(假)〔毈〕,有社遷處,有豕生狗。國有此物,其主不知驚惶亟革,上帝降禍,凶災必亟。其殘亡死喪,殄絕無類,流散循饑無日矣。此皆亂國之所生也,不能勝數,盡荊、越之竹,猶不能書。故子華子曰:「夫亂世之民,長短頡𢆖,百疾,民多疾癘,道多褓繈,盲禿傴尪,萬怪皆生」。故亂世之主,烏聞至樂?不聞至樂,其樂不樂。
新字:其雲状:有若犬、若馬、若白鵠、若眾車;有其状若人,蒼衣赤首,不動,其名曰天(衡)〔衝〕;有其状若懸釜而赤,其名曰雲旍;有其状若眾馬以闘,其名曰滑馬;有其状若眾植華以長,黄上白下,其名蚩尤之(旍)〔旗〕。其日有闘蝕,有倍僪,有暈珥,有不光,有不及景,有眾日並出,有昼盲,有霄見。其(日)〔月〕有薄蝕,有暉珥,有偏盲,有四月並出,有二月並見,有小月承大月,有大月承小月,有月蝕星,有出而無光。其星有熒惑,有彗星,有天棓,有天欃,有天竹,有天英,有天干,有賊星,有闘星,有賓星。其気有上不属天,下不属地,有豊上殺下,有若水之波,有若山之楫,春則黄,夏則黒,秋則蒼,冬則赤。其妖孽有生如帯,有鬼投其陴,有菟生雉,雉亦生鴳,有螟集其国,其音匈匈,国有游虵西東,馬牛乃言,犬彘乃連,有狼入於国,有人自天降,市有舞鴟,国有行飛,馬有生角,雄雞五足,有豕生而弥,雞卵多(仮)〔毈〕,有社遷処,有豕生狗。国有此物,其主不知驚惶亟革,上帝降禍,凶災必亟。其残亡死喪,殄絶無類,流散循饑無日矣。此皆乱国之所生也,不能勝数,尽荊、越之竹,猶不能書。故子華子曰:「夫乱世之民,長短頡𢆖,百疾,民多疾癘,道多褓繈,盲禿傴尪,万怪皆生」。故乱世之主,烏聞至楽?不聞至楽,其楽不楽。
書き下し
其の雲の狀、犬の若く、馬の若く、白鵠の若く、衆車の若きもの有り。其の狀人の若きもの有り、蒼衣赤首にして、動かず、其の名を天衝と曰う。其の狀旍を懸くるが若くして赤きもの有り、其の名を雲旍と曰う。其の狀衆馬の以て鬭うが若きもの有り、其の名を滑馬と曰う。其の狀衆植の華きて以て長く、黃上白下の若きもの有り、其の名は蚩尤の旗なり。其の日に鬭蝕有り、倍僪有り、暈珥有り、光らざる有り、景に及ばざる有り、衆日並び出づる有り、晝盲き有り、霄見わるる有り。其の月に薄蝕有り、暉珥有り、偏盲有り、四月並び出づる有り、二月並び見わる有り、小月の大月を承くる有り、大月の小月を承くる有り、月の星を蝕する有り、出づるも光無き有り。其の星に、熒惑有り、彗星有り、天棓有り、天欃有り、天竹有り、天英有り、天干有り、賊星有り、鬭星有り、賓星有り。其の氣に、上は天に屬らず、下は地に屬らざるもの有り、豐上殺下なるもの有り、水の波の若きもの有り、山の楫の若きもの有り。春は則ち黃、夏は則ち黑、秋は則ち蒼、冬は則ち赤。其の妖孽に、生まれて帶の如きもの有り、鬼の其の陴を投ずるもの有り。菟の雉を生み、雉も亦た鴳を生む有り。螟の其の國に集まる有り、其の音匈匈たり。國に游蛇西東し、馬牛乃ち言い、犬彘乃ち連なる有り。狼國に入る有り、人天自り降る有り。市に舞鴟有り、國に行飛有り。馬に角を生ずる有り。雄雞五足、豕生まれて彌なるもの有り。雞卵に毈多く、社の處を遷す有り。豕の狗を生む有り。國に此の物有りて、其の主、驚惶して亟やかに革むるを知らざれば、上帝、禍いを降し、凶災必ず亟やかならん。其の殘亡死喪し、殄絕類い無く、流散して循いに饑えんこと日無し。此れ皆亂國の生ずる所なり。勝げて數うるに能わず。荊越の竹を盡くすとも、猶ほ書する能わず。故に子華子曰く、「夫れ亂世の民は、長短頡啎にして、百疾あり、民に疾癘多く、道に褓繈多く、盲禿傴尪、萬怪皆生ず。」故に亂世の主は、烏くんぞ至樂を聞かん。至樂を聞かざれば、其の樂は樂しからず。
現代語訳
乱世の雲の形には、犬・馬・白鳥・多くの車のようなものがある。人のような形で、青い衣に赤い頭をして動かないものがあり、その名を天衝という。釜を懸けたようで赤いものがあり、その名を雲旍という。多くの馬が闘うようなものがあり、その名を滑馬という。多くの草が花咲いて長く伸び、上が黄で下が白のようなものがあり、その名を蚩尤の旗という。太陽には、日食のようなもの、光の輪や耳のような光、光を失うもの、影を伴わぬもの、多くの太陽が並び出るもの、昼の暗闇、夜に現れるものがある。月には、薄い月食、光の耳、片側が欠けるもの、四つの月が並び出るもの、二つの月が並び現れるもの、小さい月が大きい月を承けるもの、大きい月が小さい月を承けるもの、星を食する月、出ても光のないものがある。星には、火星・彗星・天棓・天欃・天竹・天英・天干・賊星・鬭星・賓星がある。気には、上は天に届かず下は地に届かないもの、上が大きく下が小さいもの、水の波のようなもの、山の林のようなものがあり、春は黄、夏は黒、秋は青、冬は赤である。妖しい異変には、生まれつき帯のようなもの、鬼が城壁に物を投げるもの、兎が雉を生み雉がまた鶉を生むもの、螟虫が国に集まってその音がざわめくもの、国に蛇が東西に這い、馬や牛が言葉を発し、犬や豚が交わるもの、狼が国に入るもの、人が天から降るもの、市に舞う梟がおり、国に飛ぶものがあり、馬に角が生え、雄鶏に五本足があり、豚が蹄の割れぬまま生まれ、鶏卵が孵らぬものが多く、社の木が場所を移し、豚が犬を生むことがある。国にこうした異変があって、その君主が驚き恐れて速やかに改めることを知らなければ、上帝が禍を下し、凶災は必ず速やかに至る。滅び死に絶えて跡形もなく、離散し飢える日が続くだろう。これらは皆、乱れた国が生み出すものである。数え尽くすことはできず、楚と越の竹をすべて使っても書き尽くせない。ゆえに子華子は言った、「乱世の民は、大きさ不揃いで秩序を失い、さまざまな病があり、疫病が多く、道に捨てられた赤子が多く、盲・禿・佝僂・鳩胸など、あらゆる怪異がみな生じる」と。ゆえに乱世の君主は、どうして至高の音楽を聞けようか。至高の音楽を聞けなければ、その音楽は楽しくないのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・明理②凡そ生ずるは一氣の化に非ざるなり。長ずるは一物の任に非ざるなり。成るは一形の功に非ざるなり。故に正の積む所衆ければ、其の福及ばざるは無く、邪の積む所衆ければ、其の禍逮ばざるは無きなり。其の風雨は則ち適ならず、其の甘雨は則ち降らず、其の霜雪は則ち時ならず、寒暑は則ち當らず、陰陽は次を失い、四時は節を易え、人民は淫爍して固ならず、禽獸は胎消して殖えず、草木庳小にして滋らず、五穀萎敗して成らず。其の以て樂を為るも、之を若何せん。故に至亂の化は、君臣相賊ない、長少相殺し、父子相忍び、弟兄相誣し、知交相倒し、夫妻相冒す。日々以て相危うくし、人の紀を失い、心は禽獸の若く、邪に長じ利に苟しくし、義理を知らず。
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荀子・天論篇星隊(お)ち木鳴りて、國人皆な恐る。曰く、是れ何ぞや、と。曰く、何も無きなり。是れ天地の變、陰陽の化、物の罕(まれ)に至る者なり。之を怪しむは可なり。而れども之を畏るるは非なり。夫れ日月の食有り、風雨の時ならざる、怪星の黨(しばしば)見(あら)わるるは、是れ世として常に之れ有らざるは無し。上(かみ)明らかにして政平らかなれば、則ち是れ並世(へいせい)に起こると雖も、傷(そこな)う無し。上闇(くら)くして政險(けわ)しければ、則ち是れ一(ひと)つとして至る者無しと雖も、益(えき)無し。夫れ星の隊つる、木の鳴るは、是れ天地の變、陰陽の化、物の罕に至る者なり。之を怪しむは可なり。而れども之を畏るるは非なり。
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荀子・楽論篇亂世の徵(ちょう)。其の服は組(そ)、其の容は婦(ふ)なり。其の俗は淫(いん)、其の志は利、其の行いは雜(ざつ)、其の聲樂は險(けん)、其の文章は匿(かく)れて采(あや)あり。其の生を養うこと度(ど)無く、其の死を送ること瘠墨(せきぼく)なり。禮義を賤しみて勇力(ゆうりょく)を貴び、貧しければ則ち盜を為し、富めば則ち賊を為す。治世は是に反するなり。
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説苑・辨物易に曰わく、「天は象を垂れて吉凶を見(あら)わし、聖人は之に則る」と。昔者(むかし)高宗・成王は雊雉(こうち)・暴風の変に感じ、身を脩め自ら改めて豊昌の福を享けたり。秦の皇帝の位に即くに逮(およ)びては、彗星四たび見(あら)われ、蝗虫天を蔽い、冬に雷し夏に凍り、石は東郡に隕(お)ち、大人は臨洮に出で、妖孽並び見わる。熒惑は心を守り、星は大角に茀(ぼう)し、大角は以て亡ぶ。終に改むる能わず。二世立ちて又其の悪を重ぬ。即位に及びて、日月薄蝕し、山林淪亡し、辰星は四孟に出で、太白は天を経て行き、雲無くして雷し、枉矢は夜光り、熒惑は月を襲い、孽火は宮を焼き、野禽は庭に戯れ、都門は内に崩る。天変は上に動き、群臣は朝に昏く、百姓は下に乱れ、遂に察せず、是を以て亡びたるなり。
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荀子・天論篇物の已(すで)に至れる者は、人祅(じんよう)は則ち畏るべきなり。楛(そ)なる耕(たがや)しは稼(か)を傷(そこな)い、耘耨(うんどう)は薉(あくさ)を失(あやま)り、政險(けわ)しくして民を失う。田薉(あ)れ稼惡(あ)しく、糴(てき)貴くして民飢え、道路に死人有り。夫れ是れを之れ人祅と謂う。政令明らかならず、舉錯(きょそ)時ならず、本事(ほんじ)理(おさ)まらず。夫れ是れを之れ人祅と謂う。力を勉(つと)むること時ならざれば、則ち牛馬相い生じ、六畜(りくちく)祅(よう)を作(な)し、禮義脩まらず、內外の別無く、男女淫亂なれば、則ち父子相い疑い、上下乖離(かいり)し、寇難(こうなん)並び至る。夫れ是れを之れ人祅と謂う。祅は是れ亂より生ず。三者錯(まじ)われば、安國無し。其の說は甚だ爾(ちか)く、其の菑(わざわい)は甚だ慘(いた)ましい。怪しむべきなり、而して亦た畏るべきなり。傳に曰く、「萬物の怪は書に說かず」と。無用の辯、不急の察は、棄てて治めず。若し夫れ君臣の義、父子の親、夫婦の別は、則ち日に切瑳(せっさ)して舍(お)かざるなり。
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説苑・辨物易に曰わく、「仰いで以て天文を観、俯して以て地理を察す」と。是の故に幽明の故を知る。夫れ天文地理、人情の効、心に存すれば、則ち聖智の府なり。是の故に古えの聖王既に天下に臨めば、必ず四時を変じ、律暦を定め、天文を考え、時変を揆り、霊台に登りて気氛を望む。故に堯曰わく、「咨(ああ)爾舜よ、天の暦数爾が躬に在り、允に其の中を執れ、四海困窮せば」と。書に曰わく、「璿璣玉衡に在りて、以て七政を斉う」と。璿璣とは此の辰、勾陳枢星なり。其の魁杓の指す所を以て二十八宿の吉凶禍福と為す。天文列舎の盈縮の占い、各々類を以て験と為す。夫れ変を占うの道は二のみ。二とは陰陽の数なり。故に易に曰わく、「一陰一陽、之を道と謂う。道なる者は、物の動くこと道に由らざるは莫し」と。是の故に一に発し、二に成り、三に備わり、四に周く、五に行わる。是の故に玄象の著明なるは、日月より大なるは莫し。変の動を察するは、五星より著るきは莫し。天の五星は気を五行に運らし、其の初めは猶お陰陽より発し、化は万一千五百二十に極まる。所謂二十八星とは、東方を角亢氐房心尾箕と曰い、北方を斗牛須女虚危営室東壁と曰い、西方を奎婁胃昂畢觜参と曰い、南方を東井輿鬼柳七星張翼軫と曰う。所謂宿とは、日月五星の宿る所なり。其の宿に在りて外内を運る者は、宮を以て名を別つ。其の根荄は皆地に発して華は天に形わる。所謂五星とは、一に歳星と曰い、二に熒惑と曰い、三に鎮星と曰い、四に太白と曰い、五に辰星と曰う。欃槍・彗孛・旬始・枉矢・蚩尤の旗は、皆五星盈縮の生ずる所なり。五星の犯す所、各々金木水火土を以て占と為す。春秋冬夏の伏見時有り、其の常を失い、其の時を離るれば則ち変異と為し、其の時を得て其の常に居れば、是を吉祥と謂う。古えに四時を主る者有り。春を主る者は張、昏にして中す、以て穀を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。夏を主る者は大火、昏にして中す、以て黍菽を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。秋を主る者は虚、昏にして中す、以て麦を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。冬を主る者は昴、昏にして中す、以て斬伐・田猟・蓋蔵すべし、上は之を天子に告げ、下は之を民に布く。故に天子南面して四星の中するを視、民の緩急を知り、急なれば賦籍せず、力役を挙げず。書に曰わく、「敬んで民に時を授く」と。詩に曰わく、「物其れ有り、維れ其れ時なり」と。物の有りて絶えざる所以は、其の動くに時を以てすればなり。