説苑 / 辨物
晉平公築虒祁之室,石有言者。平公問於師曠曰:「石何故言?」對曰:「石不能言,有神憑焉;不然民聽之濫也。臣聞之,作事不時,怨讟動於民,則有非言之物而言。今宮室崇侈,民力屈盡,百姓疾怨,莫安其性,石言不亦可乎?」
新字:晉平公築虒祁之室,石有言者。平公問於師曠曰:「石何故言?」対曰:「石不能言,有神憑焉;不然民聴之濫也。臣聞之,作事不時,怨讟動於民,則有非言之物而言。今宮室崇侈,民力屈尽,百姓疾怨,莫安其性,石言不亦可乎?」
書き下し
晋の平公虒祁(しき)の室を築くに、石に言う者有り。平公師曠に問いて曰わく、「石何の故にか言う。」対えて曰わく、「石は言う能わず、神憑れるあり。然らずんば民之を聴くこと濫(みだ)りなり。臣之を聞く、事を作すに時ならざれば、怨讟(えんとく)民に動く、則ち言に非ざるの物にして言う有り。今宮室崇侈にして、民力屈(つ)き尽く、百姓疾み怨む、其の性に安んずる莫し。石の言うも亦た可ならざらんや。」
現代語訳
晋の平公が虒祁の宮殿を建てているとき、石が物を言うという出来事があった。平公は師曠に尋ねて言った。「石はどうしてものを言うのか。」師曠は答えて言った。「石はものを言うことはできません。何か神霊が憑いているのでしょう。そうでなければ、民が誤って聞いたのでしょう。私はこう聞いております。事業を行うのに時宜を得なければ、怨みの声が民の間に生じ、そうなると本来ものを言わないはずの物までがものを言うようになる、と。今、宮殿は非常に豪華で、民の労力は尽き果て、百姓は病み苦しんで怨んでおり、誰もその生活に安んじられずにいます。石がものを言うのも、無理からぬことではないでしょうか。」
解説
石が話すという超自然的な怪異を、師曠は「時ならざる事業への怨みが民の間に満ちれば、物言わぬものまでもが物を言うようになる」という民衆の不満の投影として説明する。ここで重要なのは、怪異そのものの真偽を論じるのではなく、それが発生する社会的背景にまで踏み込んで指摘した点である。現代の組織においても、原因不明の不穏な噂や異常な兆候が広がるとき、それを個別に取り締まるのではなく、その根底にある過重な負担や不満の蓄積にこそ目を向けるべきだと、この逸話は教えている。
この章句が説くこと
師曠民の怨嗟怪異の背景
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説苑・辨物晋の平公畋(かり)に出で、乳虎の伏して動かざるを見る。顧みて師曠に謂いて曰わく、「吾之を聞く、覇王の主出づれば、則ち猛獣伏して敢えて起きずと。今者(いま)寡人出でて、乳虎の伏して動かざるを見る、此れ其れ猛獣か。」師曠曰わく、「鵲は某を食らい、某は鵔鸃(しゅんぎ)を食らい、鵔鸃は豹を食らい、豹は駮(はく)を食らい、駮は虎を食らう。夫れ駮の状は駮馬に似たる有り、今者君の出づるや必ず駮馬に驂して出畋せしか。」公曰わく、「然り。」師曠曰わく、「臣之を聞く、一たび自ら誣(し)いる者は窮し、再び自ら誣いる者は辱められ、三たび自ら誣いる者は死すと。今夫れ虎の動かざる所以は、駮馬の為なり、固より主君の徳義に非ざるなり、君奈何ぞ一たび自ら誣うるや。」平公異日朝に出づるに、鳥有りて平公を環(めぐ)りて去らず。平公顧みて師曠に謂いて曰わく、「吾之を聞く、覇王の主は、鳳之に下ると。今者朝に出づるに鳥有りて寡人を環り、終朝去らず、是れ其れ鳳鳥か。」師曠曰わく、「東方に鳥有り諫珂(かんか)と名づく。其の鳥為るや、文身にして朱足、烏を憎みて狐を愛す。今者吾が君必ず狐裘を衣て以て朝に出でしか。」平公曰わく、「然り。」師曠曰わく、「臣已に嘗て之を言えり、一たび自ら誣いる者は窮し、再び自ら誣いる者は辱められ、三たび自ら誣いる者は死すと。今鳥の為すは狐裘の故なり、吾が君の徳義に非ざるなり、君奈何ぞ再び自ら誣うるや。」平公悦ばず。異日虒祁(しき)の台に酒を置き、郎中馬章をして蒺藜(しつり)を階上に布かしめ、人をして師曠を召さしむ。師曠至り、履きて堂に上る。平公曰わく、「安(いず)くにか人臣にして履きて人主の堂に上る者有らんや。」師曠履を解きて足を刺し、伏して膝を刺し、天を仰ぎて歎ず。公起ちて之を引きて曰わく、「今者叟(そう)と戯るるのみ、叟遽(にわ)かに憂うるか。」対えて曰わく、「憂うるは夫れ肉自ら虫を生じて、還りて自ら食らわるるなり。木自ら蠹(と)を生じて、還りて自ら刻まるるなり。人自ら妖を興して、還りて自ら賊(そこな)わるるなり。五鼎の具は当(まさ)に藜藿(れいかく)を生ずべからず、人主の堂廟は当に蒺藜を生ずべからず。」平公曰わく、「今之を為すこと奈何にせん。」師曠曰わく、「妖已に前に在り、奈何ともする無し。来月八日に入りて、百官を脩め、太子を立てよ、君将に死せんとす。」来月八日に至りて旦を得、師曠に謂いて曰わく、「叟今日を以て期と為す、寡人如何(いかん)。」師曠楽しまずして帰らんことを謁す。帰りて未だ幾(いくば)くならずして平公死す。乃ち師曠の神明なるを知る。
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