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説苑 / 辨物

凡六經帝王之所著,莫不致四靈焉;德盛則以為畜,治平則時氣至矣。故麒麟身、牛尾,圓頂一角,合仁懷義,音中律呂,行步中規,折旋中矩,擇土而踐,位平然後處,不群居,不旅行,紛兮其有質文也,幽閒則循循如也,動則有儀容。黃帝即位,惟聖恩承天,明道一脩,惟仁是行,宇內和平,未見鳳凰,維思影像,夙夜晨興,於是乃問天老曰:「鳳儀如何?」天老曰:「夫鳳,鴻前麟後,蛇頸魚尾,鶴植鴛鴦,思麗化枯折所志,龍文龜身,燕喙雞噣,駢翼而中注,首戴德,頂揭義,背負仁,心信志,食則有質,飲則有儀,往則有文,來則有嘉。晨鳴曰發明,晝鳴曰保長,飛鳴曰上翔,集鳴曰歸昌。翼挾義,衷抱忠,足履正,尾繫武,小聲合金,大音合鼓;延頸奮翼,五先備舉,光興八風,氣降時雨,此謂鳳像。夫惟鳳為能究萬物,通天祉,象百狀,達于道。去則有災,見則有福,覽九州,觀八極,備文武,正王國,嚴照四方,仁聖皆伏。故得鳳之像一者鳳過之,得二者鳳下之,得三者春秋下之,得四者四時下之,得五者終身居之。」黃帝曰:「於戲盛哉!」於是乃備黃冕,帶黃紳,齋於中宮,鳳乃蔽日而降。黃帝降至東階,西面啟首曰:「皇天降茲,敢不承命?」於是鳳乃遂集東囿,食帝竹實,棲帝梧樹,終身不去。詩云:「鳳凰鳴矣,于彼高岡;梧桐生矣,于彼朝陽。菶菶萋萋,雍雍喈喈。」此之謂也。靈龜文五色,似玉似金,背陰向陽,上隆象天,下平法地,槃衍象山,四趾轉運應四時,文著象二十八宿。蛇頭龍翅,左精象日,右精象月,千歲之化,下氣上通,能知吉凶存亡之變。寧則信信如也,動則著矣。神龍能為高,能為下,能為大,能為小,能為幽,能為明,能為短,能為長。昭乎其高也,淵乎其下也,薄乎天光,高乎其著也。一有一亡忽微哉,斐然成章,虛無則精以知,動作者靈以化。於戲允哉!君子辟神也,觀彼威儀,遊燕幽間,有似鳳也。書曰:「鳥獸鶬鶬,鳳凰來儀。」此之謂也。

新字:凡六経帝王之所著,莫不致四霊焉;徳盛則以為畜,治平則時気至矣。故麒麟身、牛尾,円頂一角,合仁懐義,音中律呂,行歩中規,折旋中矩,択土而践,位平然後処,不群居,不旅行,紛兮其有質文也,幽閒則循循如也,動則有儀容。黄帝即位,惟聖恩承天,明道一脩,惟仁是行,宇內和平,未見鳳凰,維思影像,夙夜晨興,於是乃問天老曰:「鳳儀如何?」天老曰:「夫鳳,鴻前麟後,蛇頸魚尾,鶴植鴛鴦,思麗化枯折所志,竜文龜身,燕喙雞噣,駢翼而中注,首戴徳,頂掲義,背負仁,心信志,食則有質,飲則有儀,往則有文,来則有嘉。晨鳴曰発明,昼鳴曰保長,飛鳴曰上翔,集鳴曰帰昌。翼挟義,衷抱忠,足履正,尾繫武,小声合金,大音合鼓;延頸奮翼,五先備舉,光興八風,気降時雨,此謂鳳像。夫惟鳳為能究万物,通天祉,象百状,達于道。去則有災,見則有福,覧九州,観八極,備文武,正王国,厳照四方,仁聖皆伏。故得鳳之像一者鳳過之,得二者鳳下之,得三者春秋下之,得四者四時下之,得五者終身居之。」黄帝曰:「於戯盛哉!」於是乃備黄冕,帯黄紳,斎於中宮,鳳乃蔽日而降。黄帝降至東階,西面啟首曰:「皇天降茲,敢不承命?」於是鳳乃遂集東囿,食帝竹実,棲帝梧樹,終身不去。詩云:「鳳凰鳴矣,于彼高岡;梧桐生矣,于彼朝陽。菶菶萋萋,雍雍喈喈。」此之謂也。霊龜文五色,似玉似金,背陰向陽,上隆象天,下平法地,槃衍象山,四趾転運応四時,文著象二十八宿。蛇頭竜翅,左精象日,右精象月,千歲之化,下気上通,能知吉凶存亡之変。寧則信信如也,動則著矣。神竜能為高,能為下,能為大,能為小,能為幽,能為明,能為短,能為長。昭乎其高也,淵乎其下也,薄乎天光,高乎其著也。一有一亡忽微哉,斐然成章,虚無則精以知,動作者霊以化。於戯允哉!君子辟神也,観彼威儀,遊燕幽間,有似鳳也。書曰:「鳥獣鶬鶬,鳳凰来儀。」此之謂也。

書き下し

凡そ六経は帝王の著す所、四霊を致さざる莫し。徳盛んなれば則ち以て畜と為し、治平らかなれば則ち時気至る。故に麒麟は身牛尾、円頂一角、仁を合し義を懐き、音は律呂に中り、行歩は規に中り、折旋は矩に中り、土を択びて践み、位平らかにして然る後に処り、群居せず、旅行せず、紛として其れ質文有るなり、幽閒なれば則ち循循如たり、動けば則ち儀容有り。黄帝位に即くに、惟れ聖恩天を承け、道を明らかにして一脩め、惟れ仁のみ是れ行い、宇内和平なるも、未だ鳳凰を見ず、維(こ)れ影像を思い、夙夜晨(あした)に興く。是に於いて乃ち天老に問いて曰わく、「鳳の儀は如何。」天老曰わく、「夫れ鳳は、鴻前にして麟後、蛇頸にして魚尾、鶴植(た)ちて鴛鴦のごとく、麗を思い枯を化して志す所を折り、龍文にして亀身、燕喙にして鶏噣、翼を駢(なら)べて中に注(あつ)まり、首は徳を戴き、頂は義を掲げ、背は仁を負い、心は志を信じ、食らえば則ち質有り、飲めば則ち儀有り、往けば則ち文有り、来たれば則ち嘉有り。晨に鳴くを発明と曰い、昼に鳴くを保長と曰い、飛びて鳴くを上翔と曰い、集まりて鳴くを帰昌と曰う。翼は義を挟み、衷は忠を抱き、足は正を履み、尾は武を繋ぎ、小声は金に合い、大音は鼓に合う。頸を延べ翼を奮い、五先備わり挙がれば、光は八風を興し、気は時雨を降す。此を鳳の像と謂う。夫れ惟だ鳳のみ能く万物を究め、天祉に通じ、百状に象り、道に達す。去れば則ち災有り、見わるれば則ち福有り、九州を覧、八極を観、文武を備え、王国を正し、四方を厳かに照らし、仁聖皆伏す。故に鳳の像一を得る者には鳳之を過ぎ、二を得る者には鳳之に下り、三を得る者には春秋之に下り、四を得る者には四時之に下り、五を得る者には終身之に居る。」黄帝曰わく、「於戯(ああ)盛んなるかな。」是に於いて乃ち黄冕を備え、黄紳を帯び、中宮に斉(ものい)みすれば、鳳乃ち日を蔽いて降る。黄帝東階に降り至り、西面して首を啓きて曰わく、「皇天茲を降す、敢えて命を承けざらんや。」是に於いて鳳乃ち遂に東囿に集まり、帝の竹実を食らい、帝の梧樹に棲み、終身去らず。詩に云う、「鳳凰鳴く、彼の高岡に。梧桐生ず、彼の朝陽に。菶菶萋萋(ほうほうせいせい)、雍雍喈喈(ようようかいかい)」と。此を之れ謂うなり。霊亀は文五色、玉に似て金に似る。陰を背にして陽に向かい、上は隆くして天に象り、下は平らにして地に法り、槃衍(ばんえん)として山に象り、四趾転運して四時に応じ、文著れて二十八宿に象る。蛇頭龍翅、左精は日に象り、右精は月に象り、千歳の化、下気は上に通じ、能く吉凶存亡の変を知る。寧(やす)ければ則ち信信如たり、動けば則ち著る。神龍は能く高と為り、能く下と為り、能く大と為り、能く小と為り、能く幽と為り、能く明と為り、能く短と為り、能く長と為る。昭たるかな其の高きや、淵たるかな其の下れるや、天光に薄(せま)り、高くして其れ著る。一に有り一に亡ぶこと忽微なるかな、斐然として章を成し、虚無なれば則ち精以て知り、動作すれば則ち霊以て化す。於戯允(まこと)なるかな。君子の神を辟(さ)くるや、彼の威儀を観、幽間に遊燕す、鳳に似たる有るなり。書に曰わく、「鳥獣鶬鶬(そうそう)、鳳凰来儀す」と。此を之れ謂うなり。

現代語訳

そもそも六経はすべて帝王が著したものであり、いずれも四霊(麒麟・鳳凰・霊亀・神龍)を招き寄せないことはない。徳が盛んであればこれを家畜のように身近に得られ、治世が平らかであれば時運の気が到来する。麒麟は身体が牛のようで尾があり、頭は丸く角は一本、仁を兼ね備え義を胸に抱き、その鳴き声は音律にかない、歩みは規則にかない、方向転換は定規にかなう。土地を選んで踏み、地位が定まって初めてそこに落ち着き、群れをなさず、連れ立って歩かず、乱れなく質朴さと文彩を兼ね備え、静かなところではゆったりと落ち着いており、動けば威儀を備えている。黄帝が即位すると、聖なる恩恵によって天命を受け、道を明らかにして自らを修め、ひたすら仁だけを実践し、天下は和やかに治まったが、まだ鳳凰を見たことがなかった。そこでその姿を思い描き、朝早くから起き出した。そこで天老に尋ねて言った。「鳳凰の姿はどのようなものか。」天老は答えて言った。「そもそも鳳凰は、前は鴻のようで後ろは麒麟のよう、蛇の首に魚の尾、鶴のように立ち鴛鴦のようで、美しさを思い枯れたものを化育し、志すところを貫き、龍のような文様に亀のような身体、燕のような嘴に鶏のような口ばし、翼を並べて中央に集まり、頭には徳を戴き、頭頂には義を掲げ、背には仁を負い、心には志を信じ、食べれば節度があり、飲めば作法があり、行けば文彩があり、来れば喜びがある。朝に鳴くのを『発明』といい、昼に鳴くのを『保長』といい、飛びながら鳴くのを『上翔』といい、集まって鳴くのを『帰昌』という。翼には義を挟み、心には忠を抱き、足は正しい道を踏み、尾は武徳を体現し、小さな声は金属の音に調和し、大きな声は太鼓の音に調和する。首を伸ばし翼を奮い立たせ、五つの徳が備わり挙がれば、その光は八方の風を起こし、その気は時にかなった雨を降らせる。これを『鳳の像』という。そもそも鳳凰だけが万物を究め尽くし、天の祝福に通じ、あらゆる姿に象り、道に到達することができる。それが去れば災いが起こり、現れれば福が訪れる。九州をあまねく見渡し、八方の果てを観察し、文と武を兼ね備え、王国を正し、四方を厳かに照らし、仁者も聖人もみな心服する。だから鳳凰の資質を一つ備えた者にはただ鳳凰が通り過ぎるだけであり、二つ備えた者には鳳凰が舞い降り、三つ備えた者には鳳凰が留まり、四つ備えた者には四季を通じて留まり、五つすべてを備えた者には生涯にわたって留まり続ける。」黄帝は言った。「ああ、なんと素晴らしいことか。」そこで黄色の冠を整え、黄色の帯を身につけ、宮中で斎戒すると、鳳凰は太陽を覆うようにして舞い降りた。黄帝は東の階段まで降りていき、西を向いて頭を垂れて言った。「天がこれを降されたからには、どうしてその命を受けずにいられようか。」こうして鳳凰はついに東の御苑に集まり、帝の竹の実を食べ、帝の梧桐の木に棲み、生涯そこを去らなかった。詩経に「鳳凰が鳴いている、あの高い丘で。梧桐が生えている、あの朝日の当たる場所に。生い茂り青々として、雍やかに睦まじく鳴き交わす」とあるのは、まさにこのことをいうのである。霊亀はその甲羅に五色の文様があり、玉のようでもあり金のようでもある。陰を背にして陽に向かい、上部は高く盛り上がって天を象り、下部は平らで大地に則り、その広がりは山を象り、四本の足を交互に動かして四季に対応し、その文様は二十八宿を象っている。蛇の頭に龍の翅を持ち、左の目の精は太陽を象り、右の目の精は月を象る。千年の変化を経て、地の気は上へと通じ、吉凶や存亡の変化をよく知ることができる。静かなときは確かで信頼できる様子であり、動けばその霊験が現れる。神龍は高くもなれ、低くもなれ、大きくもなれ、小さくもなれ、幽かにもなれ、明らかにもなれ、短くもなれ、長くもなれる。その高いさまは光り輝き、その低いさまは深遠であり、天の光に迫るほどに、高くその存在を現す。現れたり消えたりするさまは実に微妙であり、美しい模様を成し、何もない状態では精気によって物事を知り、動き出せば霊妙な働きによって変化する。ああ、まことにそのとおりだ。君子が神霊のような境地に至るとは、その威儀を観察し、静かなところで悠々と過ごすさまが、まさに鳳凰に似ているということなのだ。書経に「鳥や獣が集い舞い、鳳凰が儀礼にかなった姿で来る」とあるのは、まさにこのことをいうのである。

解説

麒麟・鳳凰・霊亀・神龍という四霊は、超自然の奇跡としてではなく「徳が盛んで治世が平らかであるときに現れる」ものとして描かれている点が重要である。とりわけ鳳凰が備えるべき五つの徳を一つずつ満たすごとに滞在期間が延びるという段階的な構造は、信頼や評価というものが一朝一夕には得られず、徳目を一つひとつ積み重ねた分だけ長く深く根づくという原理を象徴している。現代の組織における信頼構築も同様であり、小手先の演出で瑞兆を呼び込もうとするのではなく、日々の徳目を地道に積み重ねることでしか、真に長続きする評価や関係は得られないのだと、この寓意豊かな一段は教えている。

この章句が説くこと

四霊鳳凰徳の積み重ね

この一句を、あなたの毎日に。

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