孔子家語 / 禮運
聖人作則,必以天地為本,以陰陽為端,以四時為柄,以日星為紀,以月為量,鬼神以為徒,五行以為質,禮義以為器,人情以為田,四靈以為畜。以天地為本,故物可舉;以陰陽為端,故情可睹;以四時為柄,故事可勸;以日星為紀,故業可別;月以為量,故功有藝;鬼神以為徒,故事有守;五行以為質,故事可復也;禮義以為器,故事行有考;人情以為田,故人以為奧;四靈以為畜,故飲食有由。何謂四靈?麟、鳳、龜、龍,謂之四靈。故龍以為畜,而魚鮪不諗;鳳以為畜,而鳥不獝;麟以為畜,而獸不狘;龜以為畜,而人情不失。
新字:聖人作則,必以天地為本,以陰陽為端,以四時為柄,以日星為紀,以月為量,鬼神以為徒,五行以為質,礼義以為器,人情以為田,四霊以為畜。以天地為本,故物可舉;以陰陽為端,故情可睹;以四時為柄,故事可勧;以日星為紀,故業可別;月以為量,故功有芸;鬼神以為徒,故事有守;五行以為質,故事可復也;礼義以為器,故事行有考;人情以為田,故人以為奥;四霊以為畜,故飲食有由。何謂四霊?麟、鳳、亀、竜,謂之四霊。故竜以為畜,而魚鮪不諗;鳳以為畜,而鳥不獝;麟以為畜,而獣不狘;亀以為畜,而人情不失。
書き下し
聖人則を作るに、必ず天地を以て本と爲し、陰陽を以て端と爲し、四時を以て柄と爲し、日星を以て紀と爲し、月を以て量と爲し、鬼神を以て徒と爲し、五行を以て質と爲し、禮義を以て器と爲し、人情を以て田と爲し、四靈を以て畜と爲す。天地を以て本と爲す、故に物舉ぐ可し。陰陽を以て端と爲す、故に情睹る可し。四時を以て柄と爲す、故に事勸む可し。日星を以て紀と爲す、故に業別つ可し。月を以て量と爲す、故に功藝有り。鬼神を以て徒と爲す、故に事守有り。五行を以て質と爲す、故に事復す可きなり。禮義を以て器と爲す、故に事行に考有り。人情を以て田と爲す、故に人以て奧と爲す。四靈を以て畜と爲す、故に飲食由有り。何をか四靈と謂う。麟、鳳、龜、龍、之を四靈と謂う。故に龍を以て畜と爲せば、魚鮪諗せず。鳳を以て畜と爲せば、鳥獝せず。麟を以て畜と爲せば、獸狘せず。龜を以て畜と爲せば、人情失わず。
現代語訳
聖人が統治の規範を作るにあたっては、必ず天地を根本とし、陰陽をその端緒とし、四季を統治の取っ手とし、日と星を目印とし、月を尺度とし、鬼神を仲間とし、五行を素材とし、礼義を道具とし、人情を田畑とし、四つの霊獣を家畜とする。天地を根本とするからこそ、万物を挙げて用いることができる。陰陽を端緒とするからこそ、人の心情を見て取ることができる。四季を取っ手とするからこそ、物事を励み行うことができる。日と星を目印とするからこそ、業務を区別することができる。月を尺度とするからこそ、成果に技(段階)がある。鬼神を仲間とするからこそ、物事に守るべきものがある。五行を素材とするからこそ、物事は循環して元に戻すことができる。礼義を道具とするからこそ、物事の実行に手本(基準)がある。人情を田畑とするからこそ、人はそれを心の奥深いところとする。四つの霊獣を家畜とするからこそ、飲食に由来(の秩序)がある。何を四霊というのか。麒麟・鳳凰・亀・龍、これを四霊という。だから龍を象徴的な家畜とすれば、魚や鮪は騒ぎ怯えることがない。鳳凰を家畜とすれば、鳥は驚き飛び去ることがない。麒麟を家畜とすれば、獣は驚き逃げ去ることがない。亀を家畜とすれば、人の心情は乱れを失わない。
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・禮運夫れ禮は:必ず太一に本づき、分れて天地と爲り、轉じて陰陽と爲り、變じて四時と爲り、列して鬼神と爲る。其の降るを命と曰い、其の天に官たるなり。分藝に協い、其の人に居るを、養と曰う。信を講じ睦を修め、人の肌膚の會、筋骸の束を固くする所以なり。生を養い死を送り、鬼神に事うるの大端なる所以なり。天道に達し、人情の大竇に順う所以なり。唯だ聖人のみ禮の以て已む可からざるを知ると爲す。故に國を破り家を喪い人を亡ぼすは、必ず先ず其の禮を去る。禮の人に於けるや、猶お酒の糱有るがごとし。君子は以て厚く、小人は以て薄し。聖人義の柄、禮の序を修めて、以て人情を治む。人情は、聖王の田なり。禮を修めて以て之を耕し、義を陳ねて以て之を種え、學を講じて以て之を耨し、仁を本づけて以て之を聚め、樂を播きて以て之を安んず。故に禮は、義の實なり。諸を義に協えて協えば則ち禮なり、先王未だ義を以て起す可からずと雖も。義は、藝の分、仁の節なり。藝に協い、仁に講ず。之を得る者は強く、之を失う者は喪う。仁は、義の本、順の體なり。之を得る者は尊し。故に國を治むるに禮を以てせざるは、猶お耜無くして耕すがごとし。禮を爲して義に本づかざるは、猶お之を耕して種えざるがごとし。義を爲して學に講ぜざるは、猶お種えて耨せざるがごとし。之を學を以て講じて、仁を以て合せざるは、猶お耨して獲ざるがごとし。之を仁を以て合して、樂を以て之を安んぜざるは、猶お獲て食わざるがごとし。之を樂を以て安んじて、順に達せざるは、猶お食いて肥えざるがごとし。
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孔子家語・禮運夫れ禮は、君の柄なり。嫌を別ち微を明らかにし、鬼神を儐し、制度を考え、仁義を列ね、政教を立て、君臣上下を安んずる所以なり。故に政正しからざれば、則ち君位危うし。君位危うければ、則ち大臣倍き、小臣竊む。刑肅にして俗弊るれば、則ち法常無し。法常無ければ、則ち禮別無し。禮別無ければ、則ち士仕えず、民歸せず。是を疵國と謂う。是の故に夫れ政は、君の身を藏する所以なり。必ず之を天に本づけ、效して以て命を降す。命社に降るは、之を地に效うと謂う。祖廟に降るは、之を仁義と謂う。山川に降るは、之を興作と謂う。五祀に降るは、之を制度と謂う。此れ聖人の身を藏するを固くする所以なり。聖人天地に參わり、鬼神に並びて以て政を治む。其の存する所に處るは、禮の序なり。其の樂しむ所を翫ぶは、民の治なり。天は時を生じ、地は財を生じ、人は其の父生みて師教う。四者君政を以て之を用う、無過の地に立つ所以なり。
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孔子家語・禮運何をか人情と謂う。喜怒哀懼愛惡欲、七者は學ばずして能くす。何をか人義と謂う。父は慈しみ子は孝、兄は良く弟は悌、夫は義しく婦は聽き、長は惠み幼は順い、君は仁にして臣は忠なり。十者之を人義と謂う。信を講じ睦を修む、之を人利と謂う。爭奪相殺す、之を人患と謂う。聖人の人の七情を治め、十義を修め、信を講じ睦を修め、辭讓を尚び、爭奪を去る所以は、禮を舍きて何を以て之を治めん。飲食男女は、人の大欲存する所なり。死亡貧苦は、人の大惡存する所なり。欲惡は、人の大端なり。人其の心を藏して、測度す可からず。美惡皆其の心に在りて、其の色に見れず。一に之を窮めんと欲すれば、禮を舍きて何を以てせんや。故に人は:天地の德、陰陽の交わり、鬼神の會、五行の秀なり。天は陽を秉りて、日星を垂れ、地は陰を秉りて、山川に載す。五行を四時に播き、四氣を和して後に月生ず。是を以て三五にして盈ち、三五にして缺く。五行の動くや、共に相竭くなり。五行四氣十二月は、還って相本と爲り、五聲五律十二管は、還って相宮と爲り、五味六和十二食は、還って相質と爲り、五色六章十二衣は、還って相主と爲る。故に人は:天地の心にして、五行の端、味を食し聲を別ち色を被りて生ずる者なり。
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『管子』版法解凡そ人君なる者は、萬民を覆載して之を兼ね有ち、萬族を燭臨して之を事使す。是の故に天地日月四時を以て主と為し質と為して以て天下を治む。天は覆いて外無きなり、其の德在らざる所無し。地は載せて弃つる無きなり、安固にして動かず、故に生殖せざるは莫し。聖人之に法り、以て萬民を覆載す、故に其の職姓を得ざるは莫し。其の職姓を得れば、則ち用を為さざるは莫し。故に曰く、「天に法りて德を合わせ、地に象りて親しむ無し」と。日月の明は私無し、故に光を得ざるは莫し。聖人之に法り、以て萬民を燭らす、故に能く審察すれば、則ち遺善無く、隱姦無し。遺善無く隱姦無ければ、則ち刑賞信必なり。刑賞信必なれば、則ち善勸められて姦止む。故に曰く、「日月に㕘す」と。四時の行は、信必にして著明なり。聖人之に法り、以て萬民に事う、故に時功を失わず。故に曰く、「四時に伍す」と。
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孔子家語・禮運四體既に正しく、膚革充盈す。人の肥ゆるなり。父子篤く、兄弟睦じく、夫婦和す。家の肥ゆるなり。大臣法り、小臣廉く、官職相序し、君臣相正す。國の肥ゆるなり。天子は德を以て車と爲し、樂を以て御と爲し、諸侯は禮を以て相與し、大夫は法を以て相序し、士は信を以て相考し、百姓は睦を以て相守る。天下の肥ゆるなり。是を大順と謂う。順とは、生を養い死を送り、鬼神に事うるの常なる所以なり。故に事大いに積みて苑せず、並び行いて謬らず、細行にして失わず。深くして通じ、茂りて間有り、連なりて相及ばず、動きて相害わず。此れ順の至りなり。順に明らかにして、然る後に乃ち危を守る能う。夫れ禮の同じからざる、豐殺せざるは、情を持して危に合する所以なり。山なる者は川に居らしめず、渚なる者は原に居らしめず。水火金木を用うるに、飲食必ず時にす。冬は男女を合し、春は爵位を頒つ。必ず年德に當つ、皆順う所なり。民を用うるに必ず順ずれば、故に水旱昆蟲の災無く、民凶饑妖孽の疾無し。天は其の道を愛まず、地は其の寶を愛まず、人は其の情を愛まず。是を以て天は甘露を降し、地は醴泉を出だし、山は器車を出だし、河は馬圖を出だし、鳳凰麒麟皆郊掫に在り、龜龍宮沼に在り。其の餘の鳥獸及び卵胎、皆俯して窺う可きなり。則ち是れ故無きなり。先王能く禮に循いて以て義に達し、信を體して以て順に達す、此れ順の實なり。」
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説苑・辨物凡そ六経は帝王の著す所、四霊を致さざる莫し。徳盛んなれば則ち以て畜と為し、治平らかなれば則ち時気至る。故に麒麟は身牛尾、円頂一角、仁を合し義を懐き、音は律呂に中り、行歩は規に中り、折旋は矩に中り、土を択びて践み、位平らかにして然る後に処り、群居せず、旅行せず、紛として其れ質文有るなり、幽閒なれば則ち循循如たり、動けば則ち儀容有り。黄帝位に即くに、惟れ聖恩天を承け、道を明らかにして一脩め、惟れ仁のみ是れ行い、宇内和平なるも、未だ鳳凰を見ず、維(こ)れ影像を思い、夙夜晨(あした)に興く。是に於いて乃ち天老に問いて曰わく、「鳳の儀は如何。」天老曰わく、「夫れ鳳は、鴻前にして麟後、蛇頸にして魚尾、鶴植(た)ちて鴛鴦のごとく、麗を思い枯を化して志す所を折り、龍文にして亀身、燕喙にして鶏噣、翼を駢(なら)べて中に注(あつ)まり、首は徳を戴き、頂は義を掲げ、背は仁を負い、心は志を信じ、食らえば則ち質有り、飲めば則ち儀有り、往けば則ち文有り、来たれば則ち嘉有り。晨に鳴くを発明と曰い、昼に鳴くを保長と曰い、飛びて鳴くを上翔と曰い、集まりて鳴くを帰昌と曰う。翼は義を挟み、衷は忠を抱き、足は正を履み、尾は武を繋ぎ、小声は金に合い、大音は鼓に合う。頸を延べ翼を奮い、五先備わり挙がれば、光は八風を興し、気は時雨を降す。此を鳳の像と謂う。夫れ惟だ鳳のみ能く万物を究め、天祉に通じ、百状に象り、道に達す。去れば則ち災有り、見わるれば則ち福有り、九州を覧、八極を観、文武を備え、王国を正し、四方を厳かに照らし、仁聖皆伏す。故に鳳の像一を得る者には鳳之を過ぎ、二を得る者には鳳之に下り、三を得る者には春秋之に下り、四を得る者には四時之に下り、五を得る者には終身之に居る。」黄帝曰わく、「於戯(ああ)盛んなるかな。」是に於いて乃ち黄冕を備え、黄紳を帯び、中宮に斉(ものい)みすれば、鳳乃ち日を蔽いて降る。黄帝東階に降り至り、西面して首を啓きて曰わく、「皇天茲を降す、敢えて命を承けざらんや。」是に於いて鳳乃ち遂に東囿に集まり、帝の竹実を食らい、帝の梧樹に棲み、終身去らず。詩に云う、「鳳凰鳴く、彼の高岡に。梧桐生ず、彼の朝陽に。菶菶萋萋(ほうほうせいせい)、雍雍喈喈(ようようかいかい)」と。此を之れ謂うなり。霊亀は文五色、玉に似て金に似る。陰を背にして陽に向かい、上は隆くして天に象り、下は平らにして地に法り、槃衍(ばんえん)として山に象り、四趾転運して四時に応じ、文著れて二十八宿に象る。蛇頭龍翅、左精は日に象り、右精は月に象り、千歳の化、下気は上に通じ、能く吉凶存亡の変を知る。寧(やす)ければ則ち信信如たり、動けば則ち著る。神龍は能く高と為り、能く下と為り、能く大と為り、能く小と為り、能く幽と為り、能く明と為り、能く短と為り、能く長と為る。昭たるかな其の高きや、淵たるかな其の下れるや、天光に薄(せま)り、高くして其れ著る。一に有り一に亡ぶこと忽微なるかな、斐然として章を成し、虚無なれば則ち精以て知り、動作すれば則ち霊以て化す。於戯允(まこと)なるかな。君子の神を辟(さ)くるや、彼の威儀を観、幽間に遊燕す、鳳に似たる有るなり。書に曰わく、「鳥獣鶬鶬(そうそう)、鳳凰来儀す」と。此を之れ謂うなり。