説苑 / 辨物
四瀆者,何謂也?江、河、淮、濟也。四瀆何以視諸侯?能蕩滌垢濁焉,能通百川於海焉,能出雲雨千里焉,為施甚大,故視諸侯也。
新字:四瀆者,何謂也?江、河、淮、済也。四瀆何以視諸侯?能蕩滌垢濁焉,能通百川於海焉,能出雲雨千里焉,為施甚大,故視諸侯也。
書き下し
四瀆とは何の謂いぞや。江・河・淮・済なり。四瀆は何を以て諸侯に視うるや。能く垢濁を蕩滌し、能く百川を海に通じ、能く雲雨を千里に出だす。施すこと甚だ大なり、故に諸侯に視うるなり。
現代語訳
四瀆とは何を指すのか。長江・黄河・淮水・済水である。四瀆はなぜ諸侯になぞらえられるのか。それは汚れや濁りを洗い流すことができ、多くの川を海へと通じさせることができ、雲や雨を千里の彼方まで生み出すことができるからである。その施す恩恵は非常に大きく、それゆえ諸侯になぞらえられるのである。
解説
四瀆が諸侯になぞらえられる理由も、五嶽の場合と同様に「汚れを洗い流し、多くの支流を海へ導く」という実際の働きに基づいている。諸侯という中間の統治者に求められるのは、自らの領域内の淀みや対立を解消し、多様な下位の存在を大きな全体へとつなげる調整力である。組織における中間管理職やリーダーも、自部門の停滞を解消し、現場の多様な力を全体の目標へと結びつける役割を担ってこそ、その地位に値すると言えるだろう。
この章句が説くこと
四瀆諸侯垢濁を蕩滌す
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