説苑 / 雜言
夫臨財忘貧,臨生忘死,可以遠罪矣。夫君子愛口,孔雀愛羽,虎豹愛爪,此皆所以治身法也。上交者不失其祿,下交者不離於患,是以君子擇人以交,農人擇田而田。君子樹人,農夫樹田;田者擇種而種之,豐年必得粟;士擇人而樹之,豐時必得祿矣。
新字:夫臨財忘貧,臨生忘死,可以遠罪矣。夫君子愛口,孔雀愛羽,虎豹愛爪,此皆所以治身法也。上交者不失其禄,下交者不離於患,是以君子択人以交,農人択田而田。君子樹人,農夫樹田;田者択種而種之,豊年必得粟;士択人而樹之,豊時必得禄矣。
書き下し
夫れ財に臨みて貧を忘れ、生に臨みて死を忘るれば、以て罪を遠ざく可し。夫れ君子は口を愛しみ、孔雀は羽を愛しみ、虎豹は爪を愛しむ、此れ皆身を治むる法なり。上と交わる者は其の禄を失わず、下と交わる者は患いに離れず、是を以て君子は人を択びて以て交わり、農人は田を択びて田す。君子は人を樹え、農夫は田を樹う。田者は種を択びて之を種うれば、豊年必ず粟を得。士は人を択びて之を樹うれば、豊時必ず禄を得。
現代語訳
そもそも財産を前にしても貧しかった頃を忘れず、生きている今にあっても死を忘れずにいれば、それによって罪から遠ざかることができる。君子が言葉を大切に慎むこと、孔雀が自分の羽を大切にすること、虎や豹が自分の爪を大切にすることは、いずれも自らの身を治める方法である。目上の人物と交わる者はその俸禄を失わず、目下の人物と交わる者は禍に巻き込まれることがない。だから君子は交わる相手を選んで付き合い、農民は耕す田を選んで耕作する。君子は人を育て、農夫は田を育てる。田を耕す者は良い種を選んでそれを植えれば、豊作の年には必ず穀物を得る。士は交わる人物を選んでこれを育てれば、良い時勢には必ず俸禄を得る。
解説
財産や生を得た後も貧しさや死を忘れないという自制の心と、孔雀が羽を、虎豹が爪を大切にするように君子が言葉を慎むという比喩を重ね、この章は油断のない自己管理の重要性を説く。さらに後半では、農夫が良い種を選んで植えれば豊作を得るように、士もまた交わる人物を注意深く選んで育てれば良い実りを得られると、人間関係を農業の比喩で語る。現代のキャリア形成や人脈構築においても、誰と親しく交わり、誰を育てるかという選択そのものが、将来の実りを大きく左右する。この章が伝えるのは、得意な時こそ初心を忘れず、交わる相手を吟味し育てるという、地道で長期的な自己管理と人間関係構築の知恵である。
この章句が説くこと
初心人を樹える自己管理
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