説苑 / 說叢
君子不羞學,不羞問。問訊者知之本,念慮者知之道也。此言貴因人知而加知之,不貴獨自用其知而知之。
新字:君子不羞学,不羞問。問訊者知之本,念慮者知之道也。此言貴因人知而加知之,不貴独自用其知而知之。
書き下し
君子は學ぶを羞じず、問うを羞じず。問訊は知の本なり、念慮は知の道なり。此れ人の知に因りて之に加えて知るを貴び、獨り自ら其の知を用いて之を知るを貴ばざるを言うなり。
現代語訳
君子は学ぶことを恥じず、問うことを恥じない。問い尋ねることは知恵の根本であり、思案し考えることは知恵に至る道である。これは、他人の知恵をもとにしてそれに自分の知恵を加えて知ることを貴び、自分一人だけの知恵に頼って知ろうとすることを貴ばないということを言っているのである。
解説
学ぶこと・問うことへの恥じらいを捨て去るべきだという教えから始まり、他者の知恵を土台にして自分の知恵を積み重ねることの価値を説く章である。「人の知に因りて之に加えて知るを貴び、獨り自ら其の知を用いて之を知るを貴ばず」は、孤立した自己流の知恵よりも、他者との対話や協働を通じて知を積み重ねていく姿勢の方が優れているという、極めて現代的な知の共創の思想を先取りしている。プライドから質問できずに一人で抱え込んでしまう現代人にとって、問うことの価値を再認識させてくれる一節である。
この章句が説くこと
問学知の共創謙虚さ
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