論語 / 述而篇
子曰:「若聖與仁,則吾豈敢?抑爲之不厭,誨人不倦,則可謂云爾已矣!」公西華曰:「正唯弟子不能學也!」
新字:子曰:「若聖与仁,則吾豈敢?抑為之不厭,誨人不倦,則可謂云爾已矣!」公西華曰:「正唯弟子不能学也!」
書き下し
子曰く、「聖と仁との若きは、則ち吾豈に敢えてせんや。抑々之を為して厭わず、人を誨えて倦まざるは、則ち云爾と謂う可きのみ。」公西華曰く、「正に唯だ弟子の学ぶこと能わざるなり。」
現代語訳
先生がおっしゃった。「聖とか仁とか、そんなものは私にはとても及ばない。ただ、道を行って飽きることがなく、人に教えて倦むことがない。そう言えるくらいのものだ。」公西華が言った。「まさにその点こそ、われわれ弟子には学びきれないところです。」
解説
孔子は自分の到達を否定し、代わりに二つだけを挙げた。飽きないこと、倦まないことである。どちらも成果ではなく、継続の状態を指している。それを聞いた公西華の返答が見事だ。まさにそこが真似できないのだ、と。並外れた才能なら諦めもつくが、飽きずに続けることは誰にでもできそうに見えて、実際にはできない。ここに継続の本当の難しさがある。技能は習得すれば残るが、飽きないことは毎日更新しなければならない。長く同じ事業を続けている人が持っているのも、たいてい特別な才能ではなく、この更新の力である。自分の強みを問われたとき、成果ではなく続いている状態で答えられるかどうか。孔子の自己評価は、そこに焦点を絞っていた。
この章句が説くこと
謙虚さ継続学び不厭不倦人材育成自己評価
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