説苑 / 說叢
君子博學,患其不習;既習之,患其不能行之;既能行之,患其不能以讓也。
新字:君子博学,患其不習;既習之,患其不能行之;既能行之,患其不能以譲也。
書き下し
君子博く學び、其の習わざるを患う。既に之を習えば、其の行う能わざるを患う。既に之を行う能わば、其の以て讓る能わざるを患う。
現代語訳
君子は広く学問を修めるが、それを実際に習熟させられないことを患いとする。すでにそれを習熟させたなら、今度はそれを実際に行動に移せないことを患いとする。すでにそれを行動に移せるようになったなら、今度はその成果を他人に譲ることができないことを患いとする。
解説
学びから実践、そして謙譲へと至る、君子の自己陶冶の段階的な深まりを示す章である。学問を修めるだけでは足りず、それを習熟させ、実際の行動へと移し、さらにその成果や功績を独り占めせず他者に譲ることができるかという、段階を追うごとに要求水準が高まっていく構成が秀逸である。特に最後の「讓る能わざるを患う」は、能力や実績を身につけた者ほど陥りやすい独占欲や功名心への戒めであり、実力を得た後にこそ試される謙譲の心の重要性を教えている。
この章句が説くこと
学而習知行合一謙譲
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