説苑 / 說叢
吞舟之魚,蕩而失水,制於螻蟻者,離其居也;猿猴失木,禽於狐貉者,非其處也。騰蛇遊霧而生,騰龍乘雲而舉,猿得木而挺,魚得水而騖,處地宜也。
新字:吞舟之魚,蕩而失水,制於螻蟻者,離其居也;猿猴失木,禽於狐貉者,非其処也。騰蛇遊霧而生,騰竜乗雲而舉,猿得木而挺,魚得水而騖,処地宜也。
書き下し
舟を吞むの魚も、蕩れて水を失えば、螻蟻に制せらるるは、其の居を離ればなり。猿猴も木を失えば、狐貉に禽せらるるは、其の處に非ざればなり。騰蛇は霧に遊びて生き、騰龍は雲に乘りて舉がる。猿は木を得て挺じ、魚は水を得て騖す。地に處ること宜しければなり。
現代語訳
舟を丸呑みにするほどの巨大な魚でさえ、波にもまれて水を失えば、けらや蟻にすら制せられてしまうのは、本来いるべき場所を離れてしまったからである。猿でさえ木を失えば、狐や狢にすら捕らえられてしまうのは、本来の居場所ではないからである。天を飛ぶ蛇は霧の中を漂って生き、天を昇る龍は雲に乗って舞い上がる。猿は木を得てこそ跳びはね、魚は水を得てこそ自在に泳ぐ。それはその場に身を置くことが適切だからである。
解説
どれほど巨大で強大な存在であっても、本来いるべき環境を離れれば取るに足らない者にすら脅かされてしまうという逆転の構図を、巨大魚・猿・蛇・龍という具体例を重ねて印象づける章である。能力の大きさは絶対的なものではなく、それが発揮される場との適合性によって初めて意味を持つという洞察は、どれほど優れた才能を持つ人材でも、適した環境や役割を離れては本来の力を発揮できないという教えとして読み解ける。組織における人材配置や、個人のキャリア選択においても、自分の力を最大限に発揮できる「水」や「木」に相当する場を見極めることの重要性を示している。
この章句が説くこと
適所環境適合才能の相対性
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