説苑 / 說叢
一圍之木持千鈞之屋,五寸之鍵而制開闔,豈材足任哉?蓋所居要也。
新字:一囲之木持千鈞之屋,五寸之鍵而制開闔,豈材足任哉?蓋所居要也。
書き下し
一圍の木、千鈞の屋を持し、五寸の鍵にして開闔を制す。豈に材の任に足るならんや。蓋し居る所要なればなり。
現代語訳
ひと抱えほどの太さの柱が千鈞もの重さの屋根を支え、わずか五寸の鍵(かんぬき)が門の開閉を制する。それは材木や鍵の力量が十分だからであろうか。いや、そうではない。その置かれている位置が要となる場所だからである。
解説
小さな柱や鍵が大きな役割を果たせるのは、材質の強さではなく「要(かなめ)」の位置に置かれているからだという洞察である。この視点は、組織における人材配置の本質を突いている。能力そのものよりも、その人がどの持ち場に配置されるかによって発揮できる影響力は大きく変わる。小さな存在であっても要衝に置けば大きな役割を果たし、逆にどれほど優秀でも要でない場所に置かれれば力を発揮できない。適材適所の重要性を、建築の比喩を通じて鮮やかに教えてくれる一文である。

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適材適所要衝配置
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