説苑 / 說叢
水倍源則川竭,人倍信則名不達,義勝患則吉,患勝義則滅。五聖之謀,不如逢時;辯智明慧,不如遇世。有鄙心者,不可授便勢;有愚質者,不可予利器。多易多敗,多言多失。
新字:水倍源則川竭,人倍信則名不達,義勝患則吉,患勝義則滅。五聖之謀,不如逢時;弁智明慧,不如遇世。有鄙心者,不可授便勢;有愚質者,不可予利器。多易多敗,多言多失。
書き下し
水源に倍けば則ち川竭れ、人信に倍けば則ち名達せず。義患に勝てば則ち吉、患義に勝てば則ち滅ぶ。五聖の謀も、時に逢うに如かず。辯智明慧も、世に遇うに如かず。鄙心有る者には、便勢を授くべからず。愚質有る者には、利器を予うべからず。多く易んずれば多く敗れ、多く言えば多く失う。
現代語訳
水が源に背けば川は涸れ、人が信義に背けば名声は達成されない。道義が患難に勝てば吉であり、患難が道義に勝てば滅びる。五人の聖人の知謀があっても、良い時機に巡り合うことには及ばない。弁舌の巧みさや明晰な知恵があっても、良い時世に巡り合うことには及ばない。卑しい心を持つ者には、便利な権勢を授けてはならない。愚かな資質を持つ者には、鋭利な武器を与えてはならない。物事を安易に考えすぎれば多く失敗し、多くを語りすぎれば多くを失う。
解説
水源と川、信義と名声という対比から始まり、義と患難の力関係、時機の重要性、そして人物と権力・武器の適合性を説く章である。「鄙心有る者には、便勢を授くべからず。愚質有る者には、利器を予うべからず」は、人格や見識が伴わない者に権力や強力な手段を与えることの危険性を鋭く指摘しており、地位や技術を誰に与えるかという現代の組織や社会が直面する問いにも通じる。優れた知謀や弁舌よりも良い時機との出会いを重んじる姿勢は、実力主義だけでは説明できない運や巡り合わせへの謙虚さを教えている。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
適材適所権力の危うさ時機
関連する章句
-
『列子』説符篇既に反り、孟氏の父子胸を叩きて施氏を讓む。施氏曰く、凡そ時を得る者は昌え、時を失う者は亡ぶ。子の道は吾と同じくして、功は吾と異なるは、時を失える者なり。行いの謬りに非ざるなり。且つ天下の理に常に是なる無く、事に常に非なる無し。先日用いし所、今或いは之を棄つ。今の棄つる所、後或いは之を用う。此の用うると用いざるとは、定まれる是非無きなり。隙に投じ時に抵り、事に應じて方無きは、智に屬す。智苟くも足らずんば、若をして博きこと孔丘の如く、術は呂尚の如くならしむとも、焉くに往くとして窮せざらんや、と。孟氏の父子舍然として慍れる容無く、曰く、吾之を知れり。子重ねて言うこと勿かれ、と。
-
説苑・說叢時至らざれば、強いて生ずべからず。事究めざれば、強いて求むべからず。貞良にして亡ぶるは、先人の餘殃なり。猖獗にして活くるは、先人の餘烈なり。權は重きを取り、澤は長きを取る。才賢にして任輕ければ則ち名有り、不肖にして任大なれば身死し名廢る。
-
論語・郷党篇色みて斯に挙がり、翔りて後に集まる。曰く、「山梁の雌雉、時なるかな、時なるかな。」子路之を共す。三たび嗅ぎて作つ。
-
史記 周本紀明年、犬戎を伐つ。明年、密須を伐つ。明年、耆国を敗る。殷の祖伊之を聞き、懼れて、以て帝紂に告ぐ。紂曰く、「天命有らずや。是れ何をか能く為さん」と。明年、邘を伐つ。明年、崇侯虎を伐つ。而して豊邑を作り、岐下より徙りて豊に都す。明年、西伯崩じ、太子発立つ。是を武王と為す。西伯蓋し即位五十年。其の羑里に囚はるるや、蓋し易の八卦を益して六十四卦と為す。詩人西伯を道ふに、蓋し命を受けし年に王を称して虞・芮の訟を断ずと。後十年にして崩じ、謚して文王と為す。法度を改め、正朔を制す。古公を追尊して太王と為し、公季を王季と為す。蓋し王の瑞は太王より興る。武王即位し、太公望を師と為し、周公旦を輔と為し、召公・畢公の徒王を左右し、師として文王の緒業を修む。九年、武王上りて畢に祭る。東のかた兵を観し、盟津に至る。文王の木主を為り、載するに車を以てし、中軍とす。武王自ら太子発と称し、文王を奉じて以て伐つと言ひ、敢へて自ら専らにせず。乃ち司馬・司徒・司空・諸節に告ぐ、「斉栗せよ、信なるかな。予無知なれども、先祖に徳臣有るを以て、小子先功を受け、畢く賞罰を立て、以て其の功を定めん」と。遂に師を興す。師尚父号して曰く、「爾の衆庶を総べ、爾の舟楫を与にせよ。後れて至る者は斬らん」と。武王河を渡り、中流にして、白魚躍りて王の舟中に入る。武王俯して取りて以て祭る。既に渡るに、火有りて上より下に復り、王屋に至りて、流れて烏と為る。其の色赤く、其の声魄なりと云ふ。是の時、諸侯期せずして盟津に会する者八百諸侯。諸侯皆曰く、「紂伐つ可し」と。武王曰く、「女未だ天命を知らず、未だ可ならず」と。乃ち師を還して帰る。居ること二年、紂の昏乱暴虐滋甚だしく、王子比干を殺し、箕子を囚ふと聞く。太師疵・少師彊其の楽器を抱きて周に奔る。
-
『呻吟語』内篇・問學・日落ちて城門に趕る日落ちて城門に趕る。一腳遲ければ便ち關ざされたり。何處にか止宿せん。故に學は時に及ぶを貴ぶ。懸崖に孤樹を抱く。一手鬆かなれば便ち脫れたり。何處にか身を落とさん。故に學は力を著くるを貴ぶ。故に老大に傷悲するも、時を追はんと要せば除は是れ再生なり。既に將に得んとするに失ふも、仍前ならんと要せば除は是れ頭より從ふなり。
-
言志四録・言志録 第百八十二条 幾の至るを候つ処し難きの事に遇はば、妄動するを得ず。須らく幾の至るを候ちて之に応ずべし。