説苑 / 說叢
禍生於欲得,福生於自禁;聖人以心導耳目,小人以耳目導心。
書き下し
禍は得んと欲するより生じ、福は自ら禁ずるより生ず。聖人は心を以て耳目を導き、小人は耳目を以て心を導く。
現代語訳
禍いは何かを得ようとする欲から生じ、幸福は自らを戒め禁じることから生まれる。聖人は自らの心によって耳目(感覚・欲望)を導くが、小人は耳目(感覚・欲望)によって心を導かれてしまう。
解説
欲望と自制という古典的なテーマを、極めて簡潔な対句で言い切った章である。「聖人は心を以て耳目を導き、小人は耳目を以て心を導く」は、理性が感覚や欲望を統御するのか、それとも感覚や欲望に理性が振り回されるのかという主従関係の逆転を鋭く突いており、自己統制の本質を言い当てている。目先の欲求に流されるままに行動するか、自らの意志と価値観に基づいて欲求を制御するかの違いが、結局は禍福を分けるという教えは、誘惑の多い現代社会における自己管理の指針として色褪せない。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
自制欲望主従の逆転
関連する章句
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『淮南子』詮言訓聖人は心に勝ち、眾人は欲に勝つ。君子は正氣を行い、小人は邪氣を行う。內は性に便に、外は義に合し、理に循いて動き、物に系がれざる者は、正氣なり。滋味を重んじ、聲色に淫し、喜怒に發し、後患を顧みざる者は、邪氣なり。邪と正と相い傷つけ、欲と性と相い害す。兩立す可からず。一つ置けば一つ廢る。故に聖人は欲を損じて性に從事す。目は色を好み、耳は聲を好み、口は味を好む。接して之を説び、利害を知らざるは、嗜欲なり。之を食らいて體に甯からず、之を聽きて道に合わず、之を視て性に便ならず。三官 交々爭うに、義を以て制と爲す者は、心なり。痤疽を割くは、痛からざるに非ざるなり。毒藥を飲むは、苦からざるに非ざるなり。然れども之を爲す者は、身に便なればなり。渴して水を飲むは、快からざるに非ざるなり。饑えて大いに飧うは、澹らかならざるに非ざるなり。然れども之を爲さざる者は、性を害すればなり。此の四つの者は、耳目鼻口 取り去る所を知らず。必ず之が制を爲して、各々其の所を得しむ。是に由りて之を觀れば、欲の勝つ可からざること、明らかなり。
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説苑・說叢坎井に黿鼉無きは、隘ければなり。園中に脩林無きは、小なればなり。小忠は、大忠の賊なり。小利は、大利の殘なり。自ら清きは絕えて易く、人を清くするは絕えて難し。水激すれば則ち悍く、矢激すれば則ち遠し。人は名に激せられ、毀たれずして聲を為す。下士は官を得て以て死し、上士は官を得て以て生く。禍福は地中より出づるに非ず、天上より來るに非ず、己自ら之を生ず。
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文子・符言老子曰く、聖人は其の心に勝たず、衆人は其の欲に勝たず。君子は正気を行い、小人は邪気を行う。内は性に便にして、外は義に合し、理に循いて動き、物に繋がれざる者は、正気なり。滋味に推し、声色に淫し、喜怒に発し、後患を顧みざる者は、邪気なり。邪と正は相い傷つけ、欲と性は相い害し、両立す可からず、一起これば一廃す。故に聖人は欲を捐てて性に従う。目は色を好み、耳は声を好み、鼻は香を好み、口は味を好み、合して之を説び、利害を離れざるは、嗜欲なり。耳目鼻口は欲する所を知らず、皆心の之が制を為し、各おの其の所を得。此に由りて之を観れば、欲の勝つ可からざること亦た明らかなり。
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説苑・說叢為さざる無き者は、成さざる能わざる無きなり。欲せざる無き者は、得ざる能わざる無きなり。眾正の積は、福及ばざる無きなり。眾邪の積は、禍逮ばざる無きなり。力は貧に勝ち、謹は禍に勝ち、慎は害に勝ち、戒は災に勝つ。善を為す者は天德を以て報い、不善を為す者は天禍を以て報ゆ。君子時を得れば水の如く、小人時を得れば火の如し。己を謗道する者は、心の罪なり。己を尊賢する者は、心の力なり。心の得は、萬物爲すに足らざるなり。心の失は、獨心も守る能わざるなり。子孝ならざれば、吾が子に非ざるなり。交わり信ならざれば、吾が友に非ざるなり。其の口に食して百節肥え、其の本に灌ぎて枝葉茂る。本傷める者は枝槁れ、根深き者は末厚し。善を為す者は道を得、惡を為す者は道を失う。惡語は口より出ださず、苟言は耳に留めず。偽を務むれば長ぜず、虛を喜べば久しからず。義士は心を欺かず、廉士は妄りに取らず。財を以て草と為し、身を以て寶と為す。少小を慈仁とし、耆老を恭敬す。犬吠えて驚かざる、命じて金城と曰う。常に危殆を避くる、命じて不悔と曰う。富めば必ず貧を念い、壯なれば必ず老を念う。年幼少なりと雖も、之を慮ること必ず早くす。夫れ禮有る者も相為に死し、禮無き者も亦た相為に死す。貴は驕と期せずして、驕自ら來り、驕は亡と期せずして、亡自ら至る。踒人は日夜一起せんことを願い、盲人は視るを忘れず。知者は悟に始まりて諧に終わり、愚者は樂に始まりて哀に終わる。高山は仰ぎ止み、景行は行き止まる。力及ばずと雖も、心必ず務めて為す。終わりを慎むこと始めの如く、常に以て戒めと為す。戰戰慄慄として、日に其の事を慎む。聖人の正は、安靜に如くは莫し。賢者の治は、故に眾と異なる。
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説苑・說叢福は禍の門なり。是は非の尊なり。治は亂の先なり。事終始無くして患い及ばざる者は、未だ之を聞かざるなり。
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説苑・敬慎身を修め行いを正すには、以て慎まざるべからず。嗜欲は行いをして虧けしめ、讒諛は正心を乱し、衆口は意をして回らしめ、憂患は忽せにする所に生じ、禍は細微に起こり、汚辱は湔灑し難く、敗事は後に追うべからず。深く念い遠く慮らざれば、後悔当に幾何ぞ。夫れ徼幸は、性を伐つの斧なり。嗜欲は、禍を逐うの馬なり。謾諛は、窮辱の舎なり。人に虐を取る者は、禍に趨るの路なり。故に曰わく、徼幸を去り、忠信を務め、嗜欲を節し、人に虐を取ること無くんば、則ち君子と称せられ、名声常に存す。怨みは報いざるに生じ、禍は福多きに生じ、安危は自ら処するに存し、困しまざるは蚤く豫むるに在り、存亡は人を得るに在り、終わりを慎むこと始めの如くせよ、乃ち能く長久ならん。能く此の五者を行わば、以て身を全うすべし。己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ、是れを要道と謂うなり。