説苑 / 尊賢
應侯與賈午子坐,聞其鼓琴之聲,應侯曰:「今日之琴,一何悲也?」賈午子曰:「夫急張調下,故使人悲耳。急張者,良材也;調下者,官卑也。取夫良材而卑官之,安能無悲乎!」應侯曰:「善哉!」
新字:応侯与賈午子坐,聞其鼓琴之声,応侯曰:「今日之琴,一何悲也?」賈午子曰:「夫急張調下,故使人悲耳。急張者,良材也;調下者,官卑也。取夫良材而卑官之,安能無悲乎!」応侯曰:「善哉!」
書き下し
応侯賈午子と坐す。其の琴を鼓するの声を聞き、応侯曰く、「今日の琴、一に何ぞ悲しきや」と。賈午子曰く、「夫れ急に張りて調べ下きが故に、人をして悲しましむるのみ。急に張る者は、良材なり。調べ下き者は、官卑きなり。夫の良材を取りて之を卑官にす、安んぞ悲しみ無き能わんや」と。応侯曰く、「善いかな」と。
現代語訳
応侯が賈午子と共に座っていた時、琴を奏でる音が聞こえてきた。応侯が「今日の琴の音は、なんと悲しげなのだろう」と言うと、賈午子は答えた。「弦をきつく張っているのに調子が低く抑えられているので、人を悲しい気持ちにさせるのです。弦をきつく張れるのは、良い材質だからです。それなのに調子を低く抑えているのは、その琴の音の役割・位が低く据えられているからです。あれほどの良材を取りながら、それを低い地位に留めておく、これで悲しみが生じないわけがありましょうか」と。応侯は「なるほど」と言った。
解説
賈午子は琴の音色の悲しさを、材質の良さと実際に与えられている調子の低さとの落差から説明してみせる。これは単なる音楽論ではなく、優れた素質を持ちながら低い地位や役割に留め置かれている人材の不遇さを暗に指した比喩と読める。良い弦(良材)を強く張れる力があるのに、それに見合う高い調べ(地位・処遇)を与えられていない状態は、当人にとってもその音を聞く周囲にとっても、抑えがたい違和感や悲しみを生む。能力と処遇の間に大きな落差がある人材が組織にいないか、その「悲しい音色」に耳を澄ませることの大切さを、この短い対話は静かに教えている。
この章句が説くこと
適材適所処遇比喩
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