説苑 / 說叢
高山之巔無美木,傷於多陽也;大樹之下無美草,傷於多陰也。
書き下し
高山の巔に美木無きは、陽の多きに傷めらるればなり。大樹の下に美草無きは、陰の多きに傷めらるればなり。
現代語訳
高い山の頂に美しい木が育たないのは、日光が強すぎることによって傷めつけられるからである。大木の下に美しい草が育たないのは、日陰が多すぎることによって傷めつけられるからである。
解説
極端な環境条件がいずれも植物の生育を妨げるという自然観察から、何事も過度な偏りは害となるという中庸の理を説く章である。日光が強すぎても弱すぎても植物は育たないように、人や組織の環境もまた、過度な競争や過度な保護のいずれに偏っても健全な成長を妨げる。強すぎる圧力にさらされる環境も、大樹の陰に守られすぎて自ら育つ機会を奪われる環境も、いずれも人材の成長を阻害するという読み替えが可能であり、適度なバランスの取れた環境を整えることの大切さを教えてくれる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
中庸過ぎたるは及ばざる環境
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