説苑 / 說叢
君子有終身之憂,而無一朝之患,順道而行,循理而言,喜不加易,怒不加難。
書き下し
君子は終身の憂い有りて、一朝の患い無し。道に順いて行い、理に循いて言い、喜ぶも易きを加えず、怒るも難きを加えず。
現代語訳
君子には生涯にわたる憂いはあっても、一時の突発的な災難はない。道理に従って行動し、筋道に沿って発言し、喜んでも軽々しさを加えることなく、怒っても無理難題を押し付けることはない。
解説
君子の心の持ちようを、長期的な視座での憂いと、一時的な感情による過ちのなさという対比で示す章である。「終身の憂い有りて、一朝の患い無し」は、常に大局を見据えた慎重さを保っているからこそ、突発的な失敗や災難を招かないという教えであり、目先の対応に追われて場当たり的な判断を重ねる現代の組織運営への戒めとなる。また喜怒という感情が生じても、それに任せて軽率な言動や無理な要求を重ねないという自制は、感情のマネジメントが求められる現代のリーダーシップにも直結する教訓である。
この章句が説くこと
長期的視座感情の自制道理
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説苑・說叢君子は其の備え有れば則ち事無し。君子は愧を以て食らわず、辱を以て得ず。君子は其の志を得るを樂しみ、小人は其の事を得るを樂しむ。君子は其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及ぼさず。
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説苑・說叢君子の言は寡くして實あり、小人の言は多くして虛あり。君子の學や、耳に入り、心に藏し、之を行うに身を以てす。君子の治や、見るに足らざるに始まり、及ぶべからざるに終わる。君子は福を慮ること及ばず、禍を慮ること之を百にす。君子は人を擇びて取り、人を擇ばずして與う。君子は實なること虛の如く、有ること無きが如し。
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説苑・雜言子路孔子に問いて曰く、「君子も亦憂い有りや」と。孔子曰く、「無きなり。君子は其の行いを脩めて未だ得ざれば、則ち其の意を楽しみ、既已に得れば、又其の知を楽しむ。是を以て終生の楽しみ有りて、一日の憂い無し。小人は則ち然らず、其の未だ之を得ざれば則ち得ざるを憂え、既已に之を得れば又之を失わんことを恐る。是を以て終身の憂い有りて、一日の楽しみ無きなり」と。
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説苑・說叢君子博く學び、其の習わざるを患う。既に之を習えば、其の行う能わざるを患う。既に之を行う能わば、其の以て讓る能わざるを患う。
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説苑・雜言孔子曰く、「終日言いて己の憂いを遺さず、終日行いて己の患いを遺さざるは、唯だ智者のみ之有り。故に恐懼するは患いを除く所以なり、恭敬するは難きを越ゆる所以なり。終身之を為して、一言之を敗る、慎まざる可けんや」と。
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荀子・修身篇君子の利を求むるや略、其の害に遠ざかるや早く、其の辱を避くるや懼れ、其の道理を行なうや勇なり。君子は貧窮なるも志広く、富貴なるも体は恭しく、安燕なるも血気惰らず、労勌なるも容貌枯れず、怒るも過ちて奪わず、喜ぶも過ちて予えず。君子は貧窮なるも志広きは、仁を隆くすればなり。富貴なるも体の恭しきは、勢いを殺げばなり。安燕なるも血気の衰えざるは、理を柬べばなり。労勌なるも容貌の枯れざるは、交わりを好めばなり。怒るも過ちて奪わず、喜ぶも過ちて予えざるは、是れ法の私に勝てばなり。書に曰く、「作好する有る無く、王の道に遵え。作悪する有る無く、王の路に遵え」とは、此れ君子の能く公義を以て私欲に勝つを言うなり。