説苑 / 說叢
君子有其備則無事;君子不以愧食,不以辱得;君子樂得其志,小人樂得其事;君子不以其所不愛,及其所愛也。
新字:君子有其備則無事;君子不以愧食,不以辱得;君子楽得其志,小人楽得其事;君子不以其所不愛,及其所愛也。
書き下し
君子は其の備え有れば則ち事無し。君子は愧を以て食らわず、辱を以て得ず。君子は其の志を得るを樂しみ、小人は其の事を得るを樂しむ。君子は其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及ぼさず。
現代語訳
君子は備えさえあれば、問題が起こることはない。君子は恥じるようなやり方で食を得たりせず、辱めを受けるようなやり方で物を得たりしない。君子は自らの志を成し遂げることを喜びとするが、小人は目先の事柄を成し遂げることだけを喜びとする。君子は自分が愛さないもの(嫌うもの)によって、自分が愛するものにまで害を及ぼすようなことはしない。
解説
備えの重要性、恥を伴わない生計の立て方、志と目先の事柄という喜びの質の違い、そして感情の切り分け方を説く章である。「君子は其の志を得るを樂しみ、小人は其の事を得るを樂しむ」は、長期的な志の実現に喜びを見出すか、目先の案件の達成だけに満足するかという価値観の違いを鋭く対比しており、日々のタスク消化に追われがちな現代の働き方に、より大きな志を見失っていないかという問いを投げかける。また嫌いなものへの感情を、愛するものにまで持ち込まないという最後の一文は、感情の切り分けという現代の心理的成熟にも通じる教えである。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
志備え感情の切り分け
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・問學・如し或いは爾を知らば、則ち何を以てせん或るひと問ふ、「孔子は位に素して行ひ、政に非ざれば謀らず。而るに儒者は書を著し言を立つれば、便ち帝王の略を談ずるは、何ぞや」と。曰く、古は十五にして大學に入る。修齊治平は此の時便ち理會せんことを要す。故に陋巷にして邦を為むるを問ひ、布衣にして南面を許す。由・求の志は富強、孔子の志は三代なり。所謂る「如し或いは爾を知らば、則ち何を以てせん」とは、個の甚麼を以てするかを知らんことを要す。若し是れ平日醉夢の如く全く講求せずんば、手に到るも癡呆の如く胡亂に事を了へん。
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
-
啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
-
『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
-
『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
-
『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。