説苑 / 說叢
君子有其備則無事;君子不以愧食,不以辱得;君子樂得其志,小人樂得其事;君子不以其所不愛,及其所愛也。
新字:君子有其備則無事;君子不以愧食,不以辱得;君子楽得其志,小人楽得其事;君子不以其所不愛,及其所愛也。
書き下し
君子は其の備え有れば則ち事無し。君子は愧を以て食らわず、辱を以て得ず。君子は其の志を得るを樂しみ、小人は其の事を得るを樂しむ。君子は其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及ぼさず。
現代語訳
君子は備えさえあれば、問題が起こることはない。君子は恥じるようなやり方で食を得たりせず、辱めを受けるようなやり方で物を得たりしない。君子は自らの志を成し遂げることを喜びとするが、小人は目先の事柄を成し遂げることだけを喜びとする。君子は自分が愛さないもの(嫌うもの)によって、自分が愛するものにまで害を及ぼすようなことはしない。
解説
備えの重要性、恥を伴わない生計の立て方、志と目先の事柄という喜びの質の違い、そして感情の切り分け方を説く章である。「君子は其の志を得るを樂しみ、小人は其の事を得るを樂しむ」は、長期的な志の実現に喜びを見出すか、目先の案件の達成だけに満足するかという価値観の違いを鋭く対比しており、日々のタスク消化に追われがちな現代の働き方に、より大きな志を見失っていないかという問いを投げかける。また嫌いなものへの感情を、愛するものにまで持ち込まないという最後の一文は、感情の切り分けという現代の心理的成熟にも通じる教えである。
この章句が説くこと
志備え感情の切り分け
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