説苑 / 說叢
明君之制:賞從重,罰從輕;食人以壯為量,事人以老為程。
新字:明君之制:賞従重,罰従軽;食人以壮為量,事人以老為程。
書き下し
明君の制は、賞は重きに從い、罰は輕きに從う。人に食せしむるに壯を以て量と為し、人に事えしむるに老を以て程と為す。
現代語訳
賢明な君主の制度は、恩賞は重い方に従い、刑罰は軽い方に従う。人を働かせて食を得させるには壮年であることを基準とし、人に仕事を任せるには年長であることを目安とする。
解説
賢明な統治の要諦を、賞罰の傾向と人材登用の基準という二つの観点から示す簡潔な章である。賞は手厚く、罰は控えめにという方針は、恐怖ではなく報奨によって人を動かそうとする統治哲学を示しており、萎縮させるより意欲を引き出す方向にインセンティブを設計するという発想は、現代の人事評価制度にも通じる。また肉体的な労働には壮年を、経験や判断を要する仕事には年長者を充てるという使い分けは、年齢や体力・経験に応じた適材適所の配置という、現代の人材マネジメントにも示唆を与える視点である。
この章句が説くこと
賞罰適材適所統治
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