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墨子 / 公孟

公孟子謂子墨子曰:「有義不義,無祥不祥。」子墨子曰:「古者聖王皆以鬼神為神眀,而為禍福,執有祥不祥,是以政治而國安也。自桀紂以下,皆以鬼神為不神眀,不能為禍福,執無祥不祥,是以政亂而國危也。故先王之書,子亦有之曰:「亦傲也,出於子,不祥。」此言為不善之有罰,為善之有賞。」

新字:公孟子謂子墨子曰:「有義不義,無祥不祥。」子墨子曰:「古者聖王皆以鬼神為神明,而為禍福,執有祥不祥,是以政治而国安也。自桀紂以下,皆以鬼神為不神明,不能為禍福,執無祥不祥,是以政乱而国危也。故先王之書,子亦有之曰:「亦傲也,出於子,不祥。」此言為不善之有罰,為善之有賞。」

書き下し

公孟子、子墨子に謂いて曰く、「義と不義と有るも、祥と不祥と無し」と。子墨子曰く、「古者の聖王は皆な鬼神を以て神眀と為して、禍福を為すとし、祥と不祥と有りと執る。是を以て政治まりて國安きなり。桀紂より以下は、皆な鬼神を以て神眀ならず、禍福を為す能わずとし、祥と不祥と無しと執る。是を以て政亂れて國危うきなり。故に先王の書、子にも亦た之れ有りて曰く、『亦た傲るなり、子より出づるは不祥なり』と。此れ不善を為すの罰有り、善を為すの賞有るを言うなり」と。

現代語訳

公孟子が墨子に言った。「義と不義はあるが、吉凶はない」。墨子が言った。「昔の聖王はみな鬼神を明らかな存在とし、禍福をもたらすものとして、吉凶があると主張した。だから政治が治まり国が安らかだった。桀や紂より後は、みな鬼神を明らかな存在とせず、禍福をもたらせないとして、吉凶はないと主張した。だから政治が乱れ国が危うくなった。だから先王の書、あなたの手元にもあるものにこうある。『驕ることである。あなたから出るものは不吉である』と。これは不善を行えば罰があり、善を行えば賞があることを言っている」。

解説

行いに応じた吉凶があるかどうかの論争です。墨子の関心は、鬼神が実在するかよりも、行いと結果が結びついているという信念が政治を安定させる、という効果のほうにあります。非命篇と同じで、その説を採ったときに何が起きるかで判定している。信賞必罰の裏づけを、天のほうに置いた議論です。

この章句が説くこと

賞罰鬼神因果信念統治

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