説苑 / 說叢
為人上者,患在不明;為人下者,患在不忠。人知糞田,莫知糞心,端身正心,全以至今,見亡知存,見霜知冰。廣大在好利,恭敬在事親,因時易以為仁,因道易以達人。營於利者多患,輕諾者寡信。
新字:為人上者,患在不明;為人下者,患在不忠。人知糞田,莫知糞心,端身正心,全以至今,見亡知存,見霜知冰。広大在好利,恭敬在事親,因時易以為仁,因道易以達人。営於利者多患,軽諾者寡信。
書き下し
人の上為る者、患いは明らかならざるに在り。人の下為る者、患いは忠ならざるに在り。人は田に糞するを知るも、心に糞するを知る莫し。身を端しくし心を正して、全うして以て今に至る。亡を見て存を知り、霜を見て冰を知る。廣大は利を好むに在らず、恭敬は親に事うるに在り。時に因れば以て仁を為し易く、道に因れば以て人に達し易し。利に營む者は患い多く、諾を輕んずる者は信寡し。
現代語訳
人の上に立つ者の患いは、物事に明るくないことにある。人の下に仕える者の患いは、忠実でないことにある。人は田畑に肥料を施すことは知っていても、自分の心に養いを施すことを知らない者が多い。身を正しく保ち心を正しくして、それを全うしてこそ今日まで至ることができる。滅びを見て存続の道を知り、霜を見て(その先に)氷が張ることを知る。度量の広さは利益を好むことにあるのではなく、恭しい敬いは親に仕えることにある。時勢に応じれば仁を行いやすく、正しい道に従えば人に通じやすい。利益を追い求める者には患いが多く、安請け合いをする者は信用が薄い。
解説
上に立つ者と下に仕える者、それぞれに固有の患いがあることを示した上で、心の修養、兆しを読む先見の明、そして利への執着の害を説く章である。「人は田に糞するを知るも、心に糞するを知る莫し」は、多くの人が外面的な収穫の手入れには熱心でも、内面の修養には無頓着であるという鋭い指摘であり、自己研鑽を怠りがちな現代人への戒めとなる。また「輕諾者寡信」(安請け合いする者は信用が薄い)という一句は、安易な約束を連発する態度が信頼を損なうという普遍的な処世訓として、現代のビジネスにもそのまま当てはまる。
この章句が説くこと
心の修養先見の明軽諾寡信
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