史記 / 蕭相国世家
沛公至咸陽,諸將皆爭走金帛財物之府分之,何獨先入收秦丞相御史律令圖書藏之。沛公為漢王,以何為丞相。項王與諸侯屠燒咸陽而去。漢王所以具知天下阸塞,戶口多少,彊弱之處,民所疾苦者,以何具得秦圖書也。
新字:沛公至咸陽,諸将皆争走金帛財物之府分之,何独先入収秦丞相御史律令図書蔵之。沛公為漢王,以何為丞相。項王与諸侯屠焼咸陽而去。漢王所以具知天下阸塞,戸口多少,彊弱之処,民所疾苦者,以何具得秦図書也。
書き下し
沛公咸陽に至るや、諸将皆争ひて金帛財物の府に走りて之を分かつ、何独り先づ入りて秦の丞相御史の律令図書を収めて之を蔵む。漢王天下の阸塞、戸口の多少、彊弱の処、民の疾苦する所を具に知る所以の者は、何具に秦の図書を得たるを以てなり。
現代語訳
沛公が咸陽に着いたとき、諸将はみな先を争って金銀財宝の蔵に走り、それを分け合った。ところが蕭何だけは真っ先に入って、秦の丞相府と御史府の法令や地図・戸籍を回収し、これを保管した。漢王が天下の要害の地、戸口の多寡、強い場所と弱い場所、民が何に苦しんでいるかをつぶさに知ることができたのは、蕭何が秦の地図と文書をすべて手に入れていたからである。
解説
「目先の富や財宝に群がる中で、ひとり、真に価値ある情報・記録を確保する」——蕭何の、際立った先見の明を描いた一段です。劉邦の軍が、秦の都・咸陽を占領したときのことです。勝利した将軍たちは、皆、我先にと、秦の宝物庫へと走り、金銀や絹、財宝を、奪い合って、分け取りました。目に見える富に、群がったのです。ところが——蕭何だけは、まったく違う行動を取りました。彼は、財宝には目もくれず、真っ先に、秦の丞相府・御史府へと入り、そこに保管されていた、「秦の律令(法律)や、図書(地図・戸籍・各種の記録)」を、収集して、大切に、保管したのです(收秦丞相御史律令圖書藏之)。誰も見向きもしない、書類の山を、確保しました。この、蕭何の判断が、後に、決定的な意味を持ちます。史記は、こう記します。「漢王(劉邦)が、(後の天下取りにおいて、)天下の、要害の地形や、各地の人口の多寡、どこが強くどこが弱いか、そして、民が、何に苦しんでいるか、といったことを、ことごとく、正確に把握できたのは——ひとえに、蕭何が、この秦の図書(記録・データ)を、(あのとき、)残らず、手に入れていたからだった(以何具得秦圖書也)」と。目先の財宝ではなく、情報という、目に見えない、しかし、はるかに価値のある資産を、確保していたことが、天下取りの、大きな力となったのです。ここに、価値の見極めについての教訓があります。第一に、目先の、目に見える富や財宝(金帛財物)に、皆が群がる中で、真に価値のあるもの——情報、記録、データ、知識——を、見極めて、確保することの大切さ。蕭何は、誰も見向きもしない書類の中に、天下取りの鍵となる、情報という資産を、見抜いていた。第二に、情報やデータは、目先の財宝のように、派手ではないが、(正確な現状把握と、的確な判断を可能にすることで、)長期的には、はるかに大きな価値を、生むということ。第三に、皆が、目先の利益に、群がっているときこそ、一歩引いて、本当に価値のあるものは何か、を、冷静に見極める眼を持つこと。組織や事業で、目先の目に見える富に群がる中で真に価値ある情報・記録・知識を確保すること、情報やデータが派手でなくても長期的にはるかに大きな価値を生むと知ること、そして皆が目先の利益に群がるときこそ本当に価値あるものを冷静に見極めること——蕭何の先見は、情報という資産の価値を見抜く眼を教えます。
この章句が説くこと
蕭何秦の図書を収める目先の財宝でなく情報を確保収秦丞相御史律令図書情報という資産データが長期の価値を生む
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