史記 / 司馬相如列伝
「且夫王事固未有不始於憂勤,而終於佚樂者也。然則受命之符,合在於此矣。方將增泰山之封,加梁父之事,鳴和鸞,揚樂頌,上咸五,下登三。觀者未睹指,聽者未聞音,猶鷦明已翔乎寥廓,而羅者猶視乎藪澤。悲夫!
新字:「且夫王事固未有不始於憂勤,而終於佚楽者也。然則受命之符,合在於此矣。方将增泰山之封,加梁父之事,鳴和鸞,揚楽頌,上咸五,下登三。観者未睹指,聴者未聞音,猶鷦明已翔乎寥廓,而羅者猶視乎藪沢。悲夫!
書き下し
且つ夫れ王事は固より未だ憂勤に始まりて、佚楽に終はらざる有らざるなり。然れば則ち受命の符、合に此に在り。方に将に泰山の封を増し、梁父の事を加へんとす。観る者未だ指を睹ず、聴く者未だ音を聞かず、猶ほ鷦明已に寥廓に翔けるも、羅する者猶ほ藪沢に視るがごとし。悲しいかな。
現代語訳
「そもそも王者の事業で、憂いと労苦に始まって、安楽に終わらなかったものはありません。とすれば、天命を受けた証は、まさにここにあるのです。今まさに泰山での封の儀を盛大にし、梁父山での祭りを加えようとしておられる。しかし見る者はまだその指し示すところを見ず、聴く者はまだその音を聞かない。それはまるで、鷦明という霊鳥がすでに大空を翔けているのに、鳥を捕らえようとする者が、なお藪や沢ばかりを見ているようなものです。悲しいことです」。
解説
「大きな事業は、必ず苦労と気苦労から始まり、やがて安らぎに至る——初期の労苦を覚悟する」——司馬相如が説いた、大事業の道のりの原則を描いた一段です。司馬相如は、こう述べます。「そもそも、王者の大事業というものは、必ず、憂い苦しみ(憂勤)から始まって、安らぎと楽しみ(佚樂)に終わらないものはない(王事固未有不始於憂勤、而終於佚樂者也)」と。どんな偉大な事業も、その始まりは、苦労と気苦労に満ちている。順風満帆で始まる大事業などなく、労苦の時期を経てこそ、やがて実りと安らぎに至る、というのです。さらに彼は、先見の明を持つ者と、持たない者の違いを、鮮やかなたとえで語ります。壮大な事業の意義は、まだ多くの人には見えていない。「その様子を見ようとする者も、まだ、その要点を見て取れない。聴こうとする者も、まだ、その音を聞き取れない。それはちょうど、鷦明(すぐれた霊鳥)が、すでにはるか大空高く飛び去っているのに、鳥を捕らえようとする者が、いまだに(鳥のいない)低い沢地ばかりを探しているようなものだ。ああ、なんと惜しいことか(悲夫)」と。先を見通す者はすでに高い理想に向かって飛翔しているのに、目先しか見ない者は、いつまでも低い次元でうろうろしている——その落差を嘆いたのです。ここに、大事業の道のりについての教訓があります。第一に、大きな事業は、必ず苦労と気苦労から始まるものであり、初期の労苦を覚悟すべきだということ(始於憂勤、終於佚樂)。楽な始まりを期待せず、苦しい立ち上げの時期を耐え抜いてこそ、やがて実りに至る。困難な初期を、事業の当然の一部として受け止める覚悟が要る。第二に、大きな構想の価値は、多くの人にはすぐには見えないということ。先を見通す者と、目先しか見ない者の間には、大きな認識の落差がある。だから、志を高く持つ者は、周囲にすぐ理解されなくとも、たじろがず進む必要がある。第三に、しかし同時に、独りよがりで「皆が分からないだけだ」と済ませる危うさもはらむ——理解されないことが、常に自分が正しい証とは限らない。組織や事業で、大事業は苦労から始まると覚悟し初期の労苦を耐えること、高い構想はすぐには理解されないと知ってたじろがず進むこと、そして同時に独りよがりに陥らぬ謙虚さも保つこと——司馬相如のこの言葉は、大事業に取り組む者の心構えを教えます。
この章句が説くこと
司馬相如王事始於憂勤終於佚楽大事業は苦労から始まる初期の労苦を覚悟先見の明すぐには理解されない
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