韓非子 / 說林上二十二
聖人は微を見て以て萌を知り、端をみて以て末を知る。故に象箸を見て怖るるは、天下も足らざるを知ればなり。
書き下し
聖人は微を見て以て萌を知り、端をみて以て末を知る。故に象箸を見て怖るるは、天下も足らざるを知ればなり。
現代語訳
聖人は微細な兆候(微)を見て物事の兆し(萌)を知り、物事の始まり(端)を見てその結末(末)を知る。だから(箕子は)象牙の箸(という小さな贅沢)を見て、やがて(エスカレートして)天下全土の富でも足りなくなることを知り、恐れたのである。
解説
「象牙の箸」という一つの小さな贅沢(コンプライアンス違反や社内規律の緩み)が、やがて組織全体の際限のない要求と規律の崩壊(末)に繋がることを予見する洞察力です。リーダーは、組織内に発生した「小さな兆候(微)」が、将来どのような大きな問題(末)に発展するかを見抜く「兆候管理」の視点を持つ必要があります。
この章句が説くこと
兆候管理スリッパリー・スロープ割れ窓理論リスク管理先見の明
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