説苑 / 說叢
無不為者,無不能成也;無不欲者,無不能得也。眾正之積,福無不及也;眾邪之積,禍無不逮也。力勝貧,謹勝禍,慎勝害,戒勝災。為善者天報以德,為不善者天報以禍。君子得時如水,小人得時如火。謗道己者,心之罪也;尊賢己者,心之力也。心之得,萬物不足為也;心之失,獨心不能守也。子不孝,非吾子也;交不信,非吾友也。食其口而百節肥,灌其本而枝葉茂;本傷者枝槁,根深者末厚。為善者得道,為惡者失道。惡語不出口,苟言不留耳;務偽不長,喜虛不久。義士不欺心,廉士不妄取;以財為草,以身為寶。慈仁少小,恭敬耆老。犬吠不驚,命曰金城;常避危殆,命曰不悔。富必念貧,壯必念老,年雖幼少,慮之必早。夫有禮者相為死,無禮者亦相為死;貴不與驕期,驕自來;驕不與亡期,亡自至。踒人日夜願一起,盲人不忘視。知者始於悟,終於諧;愚者始於樂,終於哀。高山仰止,景行行止,力雖不能,心必務為。慎終如始,常以為戒;戰戰慄慄,日慎其事。聖人之正,莫如安靜;賢者之治,故與眾異。
新字:無不為者,無不能成也;無不欲者,無不能得也。眾正之積,福無不及也;眾邪之積,禍無不逮也。力勝貧,謹勝禍,慎勝害,戒勝災。為善者天報以徳,為不善者天報以禍。君子得時如水,小人得時如火。謗道己者,心之罪也;尊賢己者,心之力也。心之得,万物不足為也;心之失,独心不能守也。子不孝,非吾子也;交不信,非吾友也。食其口而百節肥,灌其本而枝葉茂;本傷者枝槁,根深者末厚。為善者得道,為悪者失道。悪語不出口,苟言不留耳;務偽不長,喜虚不久。義士不欺心,廉士不妄取;以財為草,以身為宝。慈仁少小,恭敬耆老。犬吠不驚,命曰金城;常避危殆,命曰不悔。富必念貧,壮必念老,年雖幼少,慮之必早。夫有礼者相為死,無礼者亦相為死;貴不与驕期,驕自来;驕不与亡期,亡自至。踒人日夜願一起,盲人不忘視。知者始於悟,終於諧;愚者始於楽,終於哀。高山仰止,景行行止,力雖不能,心必務為。慎終如始,常以為戒;戦戦慄慄,日慎其事。聖人之正,莫如安静;賢者之治,故与眾異。
書き下し
為さざる無き者は、成さざる能わざる無きなり。欲せざる無き者は、得ざる能わざる無きなり。眾正の積は、福及ばざる無きなり。眾邪の積は、禍逮ばざる無きなり。力は貧に勝ち、謹は禍に勝ち、慎は害に勝ち、戒は災に勝つ。善を為す者は天德を以て報い、不善を為す者は天禍を以て報ゆ。君子時を得れば水の如く、小人時を得れば火の如し。己を謗道する者は、心の罪なり。己を尊賢する者は、心の力なり。心の得は、萬物爲すに足らざるなり。心の失は、獨心も守る能わざるなり。子孝ならざれば、吾が子に非ざるなり。交わり信ならざれば、吾が友に非ざるなり。其の口に食して百節肥え、其の本に灌ぎて枝葉茂る。本傷める者は枝槁れ、根深き者は末厚し。善を為す者は道を得、惡を為す者は道を失う。惡語は口より出ださず、苟言は耳に留めず。偽を務むれば長ぜず、虛を喜べば久しからず。義士は心を欺かず、廉士は妄りに取らず。財を以て草と為し、身を以て寶と為す。少小を慈仁とし、耆老を恭敬す。犬吠えて驚かざる、命じて金城と曰う。常に危殆を避くる、命じて不悔と曰う。富めば必ず貧を念い、壯なれば必ず老を念う。年幼少なりと雖も、之を慮ること必ず早くす。夫れ禮有る者も相為に死し、禮無き者も亦た相為に死す。貴は驕と期せずして、驕自ら來り、驕は亡と期せずして、亡自ら至る。踒人は日夜一起せんことを願い、盲人は視るを忘れず。知者は悟に始まりて諧に終わり、愚者は樂に始まりて哀に終わる。高山は仰ぎ止み、景行は行き止まる。力及ばずと雖も、心必ず務めて為す。終わりを慎むこと始めの如く、常に以て戒めと為す。戰戰慄慄として、日に其の事を慎む。聖人の正は、安靜に如くは莫し。賢者の治は、故に眾と異なる。
現代語訳
何事も為そうとする者は、成し遂げられないことはない。何事も求めようとする者は、得られないことはない。数々の正しい行いの積み重ねは、必ず幸福をもたらす。数々の邪悪の積み重ねは、必ず禍いをもたらす。力は貧困に勝ち、慎み深さは禍いに勝ち、注意深さは害に勝ち、警戒心は災難に勝つ。善を行う者には天が徳をもって報い、不善を行う者には天が禍いをもって報いる。君子は時を得れば水のように柔軟に広がり、小人は時を得れば火のように激しく燃え上がる。自分を非難し中傷する者があれば、それは相手の心の罪である。自分を尊び賢者として扱ってくれる者があれば、それは相手の心の力である。心を得ることができれば万物すら思うにまかせるが、心を失えば自分一人の心すら保つことができない。子が親不孝であれば、それは私の子とは言えない。交友に信義がなければ、それは私の友とは言えない。口で食べ物を摂れば全身の関節が肥え太り、根本に水を注げば枝葉が茂る。根本を傷めた木は枝が枯れ、根が深い木は末端まで厚く茂る。善を行う者は道を得、悪を行う者は道を失う。悪い言葉は口に出さず、いい加減な言葉は耳にとどめない。偽りに励んでも長続きせず、空虚なことを喜んでも長くは続かない。義を重んじる士は自分の心を欺かず、清廉な士はみだりに物を取らない。財産は草のように軽く扱い、我が身は宝のように大切にする。年少の者には慈しみ深くし、年老いた者には恭しく敬う。犬が吠えても驚かないことを「金城」と呼び、常に危険を避けることを「不悔」と呼ぶ。富んでいるときには必ず貧しかったときを思い、壮健なときには必ず老いを思う。年が幼いとしても、先々のことを考えるのは早いに越したことはない。そもそも礼のある者も互いのために命を捧げ、礼のない者もまた互いのために命を捧げることがある。しかし高貴な者は驕りを約束せずとも驕りは自然とやってきて、驕りは滅亡を約束せずとも滅亡は自然と訪れる。手足の萎えた人は日夜一度でも立ち上がりたいと願い、盲人は物を見ることを忘れない。知恵ある者は悟りから始まって調和で終わり、愚かな者は快楽から始まって悲哀で終わる。高い山は仰ぎ見て歩みを止め、立派な行いは実践して歩みを止める(=手本として目指し続ける)。力が及ばなくとも、心は必ず努めてそれを為そうとする。終わりを慎むことを始めの時と同じようにし、常にこれを戒めとする。戦々恐々として、日々その務めを慎む。聖人の正しさは、安らかで静かであることに勝るものはない。賢者の統治は、それゆえに凡人とは異なるのである。