説苑 / 說叢
乖離之咎,無不生也;毀敗之端,從此興也。江河大潰從蟻穴,山以小阤而大崩,淫亂之漸,其變為興,水火金木轉相勝。卑而正者可增,高而倚者且崩;直如矢者死,直如繩者稱。
新字:乖離之咎,無不生也;毀敗之端,従此興也。江河大潰従蟻穴,山以小阤而大崩,淫乱之漸,其変為興,水火金木転相勝。卑而正者可增,高而倚者且崩;直如矢者死,直如縄者称。
書き下し
乖離の咎、生ぜざる無きなり。毀敗の端、此れより興るなり。江河の大潰は蟻穴より從り、山は小阤を以て大いに崩る。淫亂の漸、其の變興を為す。水火金木轉た相勝つ。卑くして正しき者は增すべく、高くして倚る者は且に崩れんとす。直きこと矢の如き者は死し、直きこと繩の如き者は稱せらる。
現代語訳
離反や不和の禍いは、生じないことがない。破滅の始まりは、ここから起こるものである。大河の大決壊も蟻の穴から始まり、山も小さな崩れから大きく崩落する。淫らな乱れの兆しは、その変化がやがて大きな乱れとなって現れる。水・火・金・木は互いに次々と勝ち合う(五行のように移り変わる)。低い姿勢で正しくある者はその地位を増すことができ、高い地位にありながら何かに寄りかかっている者はやがて崩れ落ちる。矢のようにまっすぐすぎる者は(折れて)死に、墨縄のようにまっすぐな者は称賛される。
解説
「江河大潰從蟻穴」は「千丈の堤も蟻の穴から」という故事成語の淵源ともされる有名な一節であり、大きな崩壊は必ず小さな兆候から始まるという教えを鮮やかに示す。組織や事業の崩壊も、多くは小さな綻びの放置から始まる。また末尾の「直きこと矢の如き者は死し、直きこと繩の如き者は稱せらる」は、剛直すぎて折れてしまう生き方と、まっすぐでありながらしなやかに機能する生き方を対比しており、正しさを貫くにも柔軟さが要ることを示唆する。小さな兆しを見逃さず、また正しさの中にもしなやかさを持つことの大切さを教える章である。
この章句が説くこと
蟻の穴兆候剛柔
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