孫子 / 行軍篇
杖而立者,饑也;汲而先飲者,渴也;見利而不進者,勞也;鳥集者,虛也;夜呼者,恐也;軍擾者,將不重也;旌旗動者,亂也;吏怒者,倦也;粟馬肉食,軍無懸缻,而不返其舍者,窮寇也;諄諄翕翕,徐與人言者,失衆也;
新字:杖而立者,饑也;汲而先飲者,渴也;見利而不進者,労也;鳥集者,虚也;夜呼者,恐也;軍擾者,将不重也;旌旗動者,乱也;吏怒者,倦也;粟馬肉食,軍無懸缻,而不返其舎者,窮寇也;諄諄翕翕,徐与人言者,失衆也;
書き下し
杖つきて立つ者は、饑うるなり。汲みて先ず飲む者は、渇するなり。利を見て進まざる者は、労るるなり。鳥集まる者は、虚しきなり。夜呼ぶ者は、恐るるなり。軍擾るる者は、将重からざるなり。旌旗動く者は、乱るるなり。吏怒る者は、倦みたるなり。馬に粟して肉食し、軍に懸缻無く、其の舎に返らざる者は、窮寇なり。諄諄翕翕として、徐ろに人と言う者は、衆を失うなり。
現代語訳
杖にすがって立っているのは、飢えている。水を汲んで真っ先に飲むのは、渇いている。有利な状況なのに前進しないのは、疲れている。鳥が集まっているのは、陣が空である。夜に呼び交わすのは、恐れている。軍が騒がしいのは、将に重みがない。旗が揺れ動くのは、乱れている。役人が怒っているのは、倦んでいる。馬に穀物を与えて肉を食い、炊事の器を吊るさず、宿舎に戻らないのは、追い詰められた敵である。くどくどと小声で、ゆっくり部下に話しかけているのは、人心を失っている。
解説
十の兆候が並ぶ。どれも、些細な振る舞いから内部の状態を読む観察である。全体を通して見ると、読んでいるのは強さではなく消耗の度合いだ。飢え、渇き、疲れ、恐れ、乱れ、倦み。最後の二つが特に鋭い。器を捨てて宿舎に戻らないのは決死の覚悟であり、追い詰められた敵は危険だと警告している。そして、くどくどと小声で話す将は人心を失っている。組織の内部診断にそのまま使える。会議の空気、書類の遅れ、上司の口調。数字に出る前に、振る舞いに出る。とくに最後の一つは管理職への警告として読める。丁寧に説明しているつもりが、実は説得しなければ動かない状態になっている。言葉が長くなったら、それ自体が兆候である。
この章句が説くこと
速度相敵兆候細部の観察停滞消耗
関連する章句
-
孫子・行軍篇衆樹の動く者は来たるなり。衆草の障多き者は疑わしむるなり。鳥の起つ者は伏なり。獣の駭く者は覆なり。塵の高くして鋭き者は車の来たるなり。卑くして広き者は徒の来たるなり。散じて条達する者は樵采なり。少なくして往来する者は営軍なり。
-
論語・微子篇斉人、女楽を帰る。季桓子之を受け、三日朝せず。孔子行る。
-
『韓非子』老第二十一小を見るを明と謂う。
-
説苑・權謀魯の公索氏將に祭らんとして其の牲を亡ふ。孔子之を聞きて曰く、「公索氏三年に及ぶ比に必ず亡びん」と。後一年にして亡ぶ。弟子問ひて曰く、「昔公索氏牲を亡ひしとき、夫子曰く、『三年に及ぶ比に必ず亡びん』と。今期年にして亡ぶ。夫子何を以て其の將に亡びんとするを知れるや」と。孔子曰く、「祭の言爲るは索なり。索なる者は盡くすなり。乃ち孝子の親に自ら盡くす所以なり。祭に至りて其の牲を亡ふは、則ち餘の亡ふ所の者多からん。吾れ此を以て其の將に亡びんとするを知れり」と。
-
説苑・權謀齊侯晏子に問ひて曰く、「當今の時、諸侯孰か危ふき」と。對へて曰く、「莒其れ亡びんか」と。公曰く、「奚の故ぞ」と。對へて曰く、「地は齊に侵され、貨は晉に竭く。是を以て亡びんとするなり」と。
-
説苑・貴德智襄子室を美しくす、士茁夕す、智伯曰く、「室美なるかな」と。対へて曰く、「美なれば則ち美なり、抑々臣亦た懼れ有り」と。智伯曰く、「何をか懼れん」と。対へて曰く、「臣筆を秉りて君に事ふるを以て、記に之有りて曰く、高山浚源には、草木を生ぜず、松柏の地は、其の土肥えず、と。今土木勝てば、人臣其の人を安んぜざるを懼る」と。室成りて三年にして智氏亡ぶ。