墨子 / 備城門
為變築垣聚土非常者若彭有水濁非常者此穴土也急壍城内内亦土直之穿井城内五步一井傅城足髙地丈五尺地得泉三尺,而止
新字:為変築垣聚土非常者若彭有水濁非常者此穴土也急壍城内内亦土直之穿井城内五歩一井傅城足高地丈五尺地得泉三尺,而止
書き下し
變を為し、垣を築き土を聚むること常に非ざる者、若しくは彭に水の濁りて常に非ざる者有らば、此れ土を穴つなり。急ぎ城内を壍し、内も亦た土もて之を直し、井を城内に穿つ。五步に一井、城足に傅け、地を髙くすること丈五尺。地、泉を得れば三尺にして止む。
現代語訳
敵の動きが変わり、垣を築き土を集める様子がふだんと違うとき、あるいは近くの水が濁ってふだんと違うときは、坑道を掘っているのである。急いで城内に堀を掘り、内側も土で塞ぎ、城内に井戸を掘る。五歩に一つの井戸を、城壁の根元に沿って掘り、地面を一丈五尺高くする。地下水に当たれば、三尺で止める。
解説
坑道攻撃の兆候の見つけ方です。ふだんと違う土の動き、ふだんと違う水の濁り。どちらも直接は見えない地下の作業が、地表に出す痕跡です。異常の検知を、いつもと違うという観察で行っている。監視の基本は、平常の状態を知っていることだと分かります。ふだんを知らなければ異常には気づけない。だから平時の観察が、そのまま備えの一部になります。
この章句が説くこと
兆候異常平常坑道監視
関連する章句
-
論語・微子篇斉人、女楽を帰る。季桓子之を受け、三日朝せず。孔子行る。
-
説苑・權謀齊侯晏子に問ひて曰く、「當今の時、諸侯孰か危ふき」と。對へて曰く、「莒其れ亡びんか」と。公曰く、「奚の故ぞ」と。對へて曰く、「地は齊に侵され、貨は晉に竭く。是を以て亡びんとするなり」と。
-
『韓非子』老第二十一小を見るを明と謂う。
-
説苑・權謀魯の公索氏將に祭らんとして其の牲を亡ふ。孔子之を聞きて曰く、「公索氏三年に及ぶ比に必ず亡びん」と。後一年にして亡ぶ。弟子問ひて曰く、「昔公索氏牲を亡ひしとき、夫子曰く、『三年に及ぶ比に必ず亡びん』と。今期年にして亡ぶ。夫子何を以て其の將に亡びんとするを知れるや」と。孔子曰く、「祭の言爲るは索なり。索なる者は盡くすなり。乃ち孝子の親に自ら盡くす所以なり。祭に至りて其の牲を亡ふは、則ち餘の亡ふ所の者多からん。吾れ此を以て其の將に亡びんとするを知れり」と。
-
孫子・行軍篇杖つきて立つ者は、饑うるなり。汲みて先ず飲む者は、渇するなり。利を見て進まざる者は、労るるなり。鳥集まる者は、虚しきなり。夜呼ぶ者は、恐るるなり。軍擾るる者は、将重からざるなり。旌旗動く者は、乱るるなり。吏怒る者は、倦みたるなり。馬に粟して肉食し、軍に懸缻無く、其の舎に返らざる者は、窮寇なり。諄諄翕翕として、徐ろに人と言う者は、衆を失うなり。
-
孫子・行軍篇數々賞する者は、窘するなり。數々罰する者は、困しむなり。先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。