論語 / 微子篇
齊人歸女樂,季桓子受之,三日不朝。孔子行。
新字:斉人帰女楽,季桓子受之,三日不朝。孔子行。
書き下し
斉人、女楽を帰る。季桓子之を受け、三日朝せず。孔子行る。
現代語訳
斉の人が女性の楽団を贈ってきた。季桓子はこれを受け取り、三日のあいだ朝廷に出なかった。孔子は魯を去った。
解説
孔子が故国を去った理由が、わずか十数字で記されている。贈り物が来て、実権者がそれを受け、三日出仕しなかった。それだけである。誰も罷免していないし、対立もしていない。だが孔子は去った。三日という具体的な数字が効いている。永久にではない。たった三日で、この国は駄目だと判断した。小さな兆候から構造を読み取ったということだ。斉の贈り物は、魯を弱らせるための計略だったとされる。それに引っかかったこと自体が、判断力の欠如を示している。組織を離れる判断も、たいてい大事件ではなく小さな兆候で決まる。ある会議での一言、ある決裁の通り方。周囲は大げさだと言うだろう。だが、兆候を読める人には、その先が見えている。
この章句が説くこと
兆候決断離脱女楽判断力
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