説苑 / 指武
五帝三王教以仁義而天下變也,孔子亦教以仁義而天下不從者,何也?昔明王有紱冕以尊賢,有斧鉞以誅惡,故其賞至重,而刑至深,而天下變。孔子賢顏淵,無以賞之,賤孺悲,無以罰之;故天下不從。是故道非權不立,非勢不行,是道尊然後行。
新字:五帝三王教以仁義而天下変也,孔子亦教以仁義而天下不従者,何也?昔明王有紱冕以尊賢,有斧鉞以誅悪,故其賞至重,而刑至深,而天下変。孔子賢顏淵,無以賞之,賤孺悲,無以罰之;故天下不従。是故道非権不立,非勢不行,是道尊然後行。
書き下し
五帝三王仁義を以て教えて天下變ずるなり、孔子亦た仁義を以て教うるも天下從わざる者は、何ぞや。昔明王紱冕有りて以て賢を尊び、斧鉞有りて以て惡を誅す、故に其の賞至って重く、而して刑至って深く、而して天下變ず。孔子顏淵を賢とすれども、以て之を賞する無く、孺悲を賤しめども、以て之を罰する無し、故に天下從わざるなり。是の故に道は權に非ずんば立たず、勢に非ずんば行われず、是れ道尊くして然る後に行わる。
現代語訳
五帝や三王は仁義によって教化し、それによって天下が変わった。孔子もまた仁義によって教えを説いたのに、天下がそれに従わなかったのはなぜか。昔の明君には官位や冠(賞与としての栄誉)があって賢者を尊び、斧鉞(刑罰の権)があって悪を誅した。だからその賞は非常に重く、刑は非常に厳しく、それによって天下が変わったのである。孔子は顔淵を賢者としながらも、それを賞する権限を持たず、孺悲を賤しむべき者としながらも、それを罰する権限を持たなかった。だから天下は従わなかったのである。このようなわけで、道というものは権力がなければ確立せず、勢いがなければ行われない。道が尊ばれるのは、その後にようやく行われるのである。
解説
同じ仁義の教えを説きながら、五帝三王は天下を変えられ、孔子は変えられなかった。その違いを、教えの内容の優劣にではなく、賞罰という具体的な権力を伴っていたか否かに求める点がこの章の核心である。孔子ほどの徳と正しさを備えていても、それを裏付ける権限がなければ、理念は現実を動かす力を持たないという指摘は厳しい現実主義であり、正しい理念を掲げるだけでは組織や社会は変わらず、それを実行に移すための権限や仕組みが伴って初めて理念が力を持つという教訓を伝える。
この章句が説くこと
孔子権力理念と実行力
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