説苑 / 指武
昔堯誅四凶以懲惡,周公殺管蔡以弭亂,子產殺鄧析以威侈,孔子斬少正卯以變眾,佞賊之人而不誅,亂之道也。易曰:「不威小,不懲大,此小人之福也。」
新字:昔堯誅四凶以懲悪,周公殺管蔡以弭乱,子産殺鄧析以威侈,孔子斬少正卯以変衆,佞賊之人而不誅,乱之道也。易曰:「不威小,不懲大,此小人之福也。」
書き下し
昔堯四凶を誅して以て惡を懲らし、周公管蔡を殺して以て亂を弭め、子產鄧析を殺して以て侈を威し、孔子少正卯を斬りて以て眾を變ず、佞賊の人にして誅せざるは、亂の道なり。易に曰く、「小を威さずんば、大を懲らさず、此れ小人の福なり」と。
現代語訳
昔、堯は四凶(悪名高い四人の悪人)を誅殺して悪を懲らしめ、周公は管叔・蔡叔を殺して乱を鎮め、子産は鄧析を殺して奢侈を戒め、孔子は少正卯を斬って民衆の風潮を変えた。口先が巧みで害をなす者を誅殺しないのは、乱を招く道である。易経にいう、「小さな悪を威さなければ、大きな悪を懲らしめることはできない。これは小人にとっての幸いである」と。
解説
聖人と称される堯・周公・子産・孔子が共通して、身内(周公の場合は自らの兄弟)や高名な人物であっても、害悪をなす者には容赦なく誅殺という最も厳しい手段を用いたという事例を並べる。ここでの教訓は、徳による教化を重んじる聖人であっても、悪の芽を放置すれば必ず大きな乱につながるため、小さな不正の段階で厳正に処断する決断力が必要だという点にある。組織の規律においても、小さな不正や逸脱をまだ大したことはないと見逃す寛容さが、結果としてより深刻な崩壊を招くという教訓は、コンプライアンスの実務にも直結する。

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四凶少正卯小悪の処断
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