説苑 / 指武
文王曰:「吾欲用兵,誰可伐?密須氏疑於我,可先往伐。」管叔曰:「不可。其君天下之明君也,伐之不義。」太公望曰:「臣聞之先王伐枉不伐順;伐險不伐易;伐過不伐不及。」文王曰:「善。」遂伐密須氏,滅之也。
新字:文王曰:「吾欲用兵,誰可伐?密須氏疑於我,可先往伐。」管叔曰:「不可。其君天下之明君也,伐之不義。」太公望曰:「臣聞之先王伐枉不伐順;伐険不伐易;伐過不伐不及。」文王曰:「善。」遂伐密須氏,滅之也。
書き下し
文王曰く、「吾兵を用いんと欲す、誰か伐つべき。密須氏我を疑う、先んじて往きて伐つべし」と。管叔曰く、「不可なり。其の君は天下の明君なり、之を伐つは不義なり」と。太公望曰く、「臣之を聞く、先王は枉を伐ちて順を伐たず、險を伐ちて易を伐たず、過ぎたるを伐ちて及ばざるを伐たずと」と。文王曰く、「善し」と。遂に密須氏を伐ち、之を滅ぼす。
現代語訳
文王は言った、「私は兵を用いようと思う。誰を討伐すべきか。密須氏は私を疑っている、先んじてこれを討伐すべきだろう」と。管叔は言った、「なりません。密須氏の君主は天下に知られた明君です。これを討伐するのは道義に反します」と。太公望は言った、「私が聞くところでは、昔の王者は道理に背く者を討ち、道理に従う者は討たず、険しい態度を取る者を討ち、素直な者は討たず、行き過ぎた者を討ち、及ばない者は討たなかったといいます」と。文王は「よろしい」と言った。そしてついに密須氏を討伐し、これを滅ぼした。
解説
密須氏が明君であるという事実だけでは討伐の可否を判断せず、太公望は相手が道理に背いているか、険しい態度を取っているか、行き過ぎているかという具体的な行動基準を示す。管叔の反対は相手の評判という表面的な理由に基づくのに対し、太公望の賛成は相手の実際の振る舞い、すなわち自分たちを疑い敵対的な態度を示したことという実質に基づいている点が対照的である。組織間の対立や競合への対応を判断する際にも、相手の名声や評判に流されず、実際にどのような行動を取っているかという事実に基づいて是非を判断する姿勢が求められるという教訓が読み取れる。
この章句が説くこと
太公望密須氏実質判断
関連する章句
-
説苑・指武武王將に紂を伐たんとす。太公望を召して之に問いて曰く、「吾戰わずして勝ちを知り、卜せずして吉を知らんと欲す、其の人に非ざるを使うに、之を為すに道有りや」と。太公對えて曰く、「道有り。王眾人の心を得て、以て不道を圖らば、則ち戰わずして勝ちを知らん。賢を以て不肖を伐たば、則ち卜せずして吉を知らん。彼之を害すれば、我之を利す。吾が民に非ずと雖も、得て使うべし」と。武王曰く、「善し」と。乃ち周公を召して之に問いて曰く、「天下の事を圖る者、皆殷を以て天子と為し、周を以て諸侯と為す、諸侯を以て天子を攻む、之に勝つに道有りや」と。周公對えて曰く、「殷信に天子たり、周信に諸侯たらば、則ち勝つの道無し、何ぞ攻むべけんや」と。武王忿然として曰く、「汝の言說有るか」と。周公對えて曰く、「臣之を聞く、禮を攻むる者は賊と為し、義を攻むる者は殘と為し、其の民を制するを失えば匹夫と為ると。王は其の民を失う者を攻むるなり、何ぞ天子を攻めんや」と。武王曰く、「善し」と。乃ち眾を起こし師を舉げ、殷と牧の野に戰い、大いに殷人を敗る。堂に上り玉を見て、曰く、「誰の玉ぞや」と。曰く、「諸侯の玉なり」と。即ち取りて之を諸侯に歸す。天下之を聞き、曰く、「武王財に廉なり」と。室に入り女を見て、曰く、「誰の女ぞや」と。曰く、「諸侯の女なり」と。即ち取りて之を諸侯に歸す。天下之を聞き、曰く、「武王色に廉なり」と。是に於て巨橋の粟を發し、鹿臺の財金錢を散じて以て士民に與え、其の戰車を黜けて乘らず、其の甲兵を弛めて用いず、馬を華山に縱ち、牛を桃林に放ち、復た用いざるを示す。天下之を聞く者、咸武王天下に義を行うと謂う、豈に大ならずや。
-
説苑・指武文王崇を伐たんと欲し、先に宣言して曰く、「予聞く崇侯虎、父兄を蔑侮し、長老を敬わず、獄を聽くこと中らず、財を分かつこと均しからず、百姓力を盡くすも、衣食を得ず、予將に來りて之を征せんとす、唯だ民の爲にして乃ち崇を伐つ、人を殺すこと毋からしめ、室を壞すこと毋からしめ、井を填むること毋からしめ、樹木を伐ること毋からしめ、六畜を動かすこと毋からしめよ、令の如くせざる者有らば死して赦す無し」と。崇人之を聞き、因りて降を請う。
-
説苑・君道武王、太公に問いて曰く、「賢を得敬士すれど、或いは以て治を為す能わざるは何ぞや」と。太公対えて曰く、「独断する能わず、人言を以て断ずる者は殃いなり」と。武王曰く、「何を以て人言を以て断ずと為すや」と。太公対えて曰く、「去る所を定むる能わずして人言を以て去り、取る所を定むる能わずして人言を以て取り、為す所を定むる能わずして人言を以て為し、罰する所を定むる能わずして人言を以て罰し、賞する所を定むる能わずして人言を以て賞す。賢者は必ずしも用いられず、不肖は必ずしも退けられず、士は必ずしも敬せられず」と。武王曰く、「善し、其の国を為すこと何如」と。太公対えて曰く、「其の人と為りや其の情を聞くを悪みて、人の情を聞くを喜び、其の悪を聞くを悪みて、人の悪を聞くを喜ぶ。是を以て必ずしも治まらざるなり」と。武王曰く、「善し」と。
-
六韜・軍勢武王 太公に問ひて曰く、「攻伐の道は奈何」と。太公曰く、「資は敵家の動に因り、変は両陳の間に生じ、奇正は無窮の源より発す。故に至事は語らず、用兵は言はず。且つ事の至れる者は、其の言 聴くに足らず。兵の用ふる者は、其の状 見るに足らず。倏として往き、忽として来たり、能く独り専らにして制せられざる者は、兵なり。夫れ兵は、聞かるれば則ち議せられ、見らるれば則ち図られ、知らるれば則ち困しみ、辨らるれば則ち危ふし。故に善く戦ふ者は、軍を張るを待たず。善く患ひを除く者は、未だ生ぜざるに理む。善く敵に勝つ者は、無形に勝つ。上戦は与に戦ふこと無し。故に勝ちを白刃の前に争ふ者は、良将に非ざるなり。備へを已に失ふの後に設くる者は、上聖に非ざるなり。智 衆と同じきは、国師に非ざるなり。技 衆と同じきは、国工に非ざるなり。事は必ず克つより大なるは莫く、用は玄黙より大なるは莫く、動は不意より神なるは莫く、謀は識られざるより善きは莫し。夫れ先づ勝つ者は、先づ弱きを敵に見せて、而る後に戦ふ者なり。故に事 半ばにして功 倍す。聖人は天地の動に徴す、孰か其の紀を知らん。陰陽の道に循ひて其の候に従ふ。天地の盈縮に当たりては、因りて以て常と為す。物に死生あり、天地の形に因る。故に曰く、未だ形を見ずして戦へば、衆しと雖も必ず敗る、と。善く戦ふ者は、之に居りて撓まず、勝ちを見れば則ち起ち、勝たざれば則ち止まる。故に曰く、恐懼する無かれ、猶予する無かれ、と。用兵の害は、猶予 最も大なり。三軍の災ひは、狐疑に過ぐるは莫し。善き者は、利を見て失はず、時に遇ひて疑はず。利を失ひ時に後るれば、反つて其の殃ひを受く。故に智者は之に従ひて釈てず、巧者は一たび決して猶予せず。是を以て疾雷は耳を掩ふに及ばず、迅電は目を瞑るに及ばず。之に赴くこと驚くが若く、之を用ふること狂ふが若し。之に当たる者は破れ、之に近づく者は亡ぶ。孰か能く之を禦がん。夫れ将、言はずして守る所ある者は、神なり。見ずして視る所ある者は、明なり。故に神明の道を知る者は、野に衡敵なく、対に立国なし」と。武王曰く、「善き哉」と。
-
説苑・君道武王、太公に問いて曰く、「賢を挙げて以て危亡する者は何ぞや」と。太公曰く、「賢を挙げて用いざるは、是れ賢を挙ぐるの名有りて、真賢の実を得ざるなり」と。武王曰く、「其の失は安くにか在る」と。太公望曰く、「其の失は君の小善を用うるを好むのみに在りて、真賢を得ざるなり」と。武王曰く、「小善を用うるを好む者は何如」と。太公曰く、「君誉を聴くを好みて讒を悪まざれば、非賢を以て賢と為し、非善を以て善と為し、非忠を以て忠と為し、非信を以て信と為す。其の君誉を以て功と為し、毀を以て罪と為す。功有る者賞せられず、罪有る者罰せられず。党多き者進み、党少なき者退く。是を以て群臣比周して賢を蔽い、百吏党を群して姦多し。忠臣は誹りを以て罪無くして死し、邪臣は誉を以て功無くして賞せらる。其の国危亡に見る」と。武王曰く、「善し、吾今日誹誉の情を聞けり」と。
-
説苑・指武宋曹を圍むも、拔けず。司馬子魚君に謂いて曰く、「文王崇を伐つに、崇其の城に軍し、三旬にして降らず、退きて教を脩め、復た之を伐つに、壘に因りて降る。今君德闕くる所無きか。胡ぞ退きて德を脩め、闕くる無くして後に動かざる」と。