説苑 / 指武
宋圍曹,不拔。司馬子魚謂君曰:「文王伐崇,崇軍其城,三旬不降,退而脩教,復伐之,因壘而降。今君德無乃有所闕乎?胡不退脩德,無闕而後動。」
新字:宋囲曹,不抜。司馬子魚謂君曰:「文王伐崇,崇軍其城,三旬不降,退而脩教,復伐之,因塁而降。今君徳無乃有所闕乎?胡不退脩徳,無闕而後動。」
書き下し
宋曹を圍むも、拔けず。司馬子魚君に謂いて曰く、「文王崇を伐つに、崇其の城に軍し、三旬にして降らず、退きて教を脩め、復た之を伐つに、壘に因りて降る。今君德闕くる所無きか。胡ぞ退きて德を脩め、闕くる無くして後に動かざる」と。
現代語訳
宋が曹を包囲したが、攻め落とせなかった。司馬(軍事担当官)の子魚が君主に言った、「昔、文王が崇を討伐したとき、崇はその城で守りを固め、三十日経っても降伏しませんでした。そこで文王は兵を退いて自国の教化を修め、改めて討伐したところ、そのままの陣営で崇は降伏しました。今、殿の徳には欠けているところがないでしょうか。どうして一度退いて徳を修め、欠けたところをなくしてから改めて動かれないのですか」と。
解説
攻城戦が長引いて成果が出ない状況で、子魚は戦術や兵力の不足を問題にするのではなく、自軍の徳の不足という内面的な要因に原因を求める。文王の故事が示すのは、力攻めがうまくいかない時に、より強い武力で押し切ろうとするのではなく、いったん退いて自らの徳を修めることで、かえって相手が自ら屈服するという逆説的な解決法である。物事がうまく進まない時、外的な手段や圧力を強めるのではなく、まず自分たちの内側に問題がないかを省みる姿勢が、遠回りに見えて実は最も確実な解決に至る道であるという教訓を伝える。

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司馬子魚文王内省
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