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説苑 / 指武

魯石公劍,迫則能應,感則能動,●穆無窮,變無形像,復柔委從,如影與響,如尨之守戶,如輪之逐馬,響之應聲,影之像形也,閶不及鞈,呼不及吸,足舉不及集。相離若蟬翼,尚在肱北眉睫之微,曾不可以大息小,以小況大。用兵之道,其猶然乎?此善當敵者也。未及夫折衝於未形之前者,揖讓乎廟堂之上而施惠乎百萬之民,故居則無變動,戰則不血刃,其湯武之兵與!

新字:魯石公剣,迫則能応,感則能動,●穆無窮,変無形像,復柔委従,如影与響,如尨之守戶,如輪之逐馬,響之応声,影之像形也,閶不及鞈,呼不及吸,足舉不及集。相離若蟬翼,尚在肱北眉睫之微,曽不可以大息小,以小況大。用兵之道,其猶然乎?此善当敵者也。未及夫折衝於未形之前者,揖譲乎廟堂之上而施恵乎百万之民,故居則無変動,戦則不血刃,其湯武之兵与!

書き下し

魯石公の劍、迫れば則ち能く應じ、感ずれば則ち能く動き、●穆として窮まり無く、變じて形像無く、復柔委從、影と響の如く、尨の戶を守るが如く、輪の馬を逐うが如く、響の聲に應ずるが如く、影の形に像るが如し。閶鞈に及ばず、呼吸に及ばず、足舉げて集うに及ばず。相離るること蟬翼の若く、尚お肱・北・眉・睫の微に在り、曾て大を以て小を息む可からず、小を以て大を況う可からず。用兵の道、其れ猶お然るか。此れ善く敵に當たる者なり。未だ夫れ折衝を未形の前に於てする者に及ばず、揖讓を廟堂の上に於てして惠を百萬の民に施す、故に居れば則ち變動無く、戰えば則ち刃に血ぬらず、其れ湯武の兵か。

現代語訳

魯の石公の剣術は、迫られれば即座に応じ、何かを感じ取ればすぐさま動き、奥深く静かで窮まりなく、変幻自在で定まった形もなく、柔らかく相手に従いながら、影が形につき従うように、こだまが音に応じるように、犬が戸口を守るように、車輪が馬について回るように、響きが声に応じるように、影が形をなぞるように相手に応じる。門扉を打ち合わせる間もなく、呼吸をする間もなく、足を上げて下ろす間もない。相手との間合いは蝉の羽根ほどにわずかで、肘や背中、眉や睫毛ほどのわずかな隙にとどまる。大きな動きで小さな動きを止めることはできず、小さな動きから大きな動きを推し量ることもできない。兵を用いる道も、まさにこのようなものではないだろうか。これはよく敵に対処できる者のあり方である。しかしまだ、事がまだ形をなす前に敵の攻撃をくじく者には及ばない。廟堂の上で礼儀を尽くしながら恵みを百万の民に施す、だから平時には何の変動もなく、戦っても刃に血をつけることがない、これこそ湯王・武王の兵法であろう。

解説

剣術の達人の反応速度を極限まで描写した後、それすらまだ最上ではないと一段上に、事がまだ形をなす前に相手をくじくという境地を置く構成が巧みである。反応の速さや技巧の精妙さを競うことは確かに優れた能力だが、そもそも衝突が起こる前に問題の芽を摘んでしまう、あるいは礼と徳によって戦わずして解決してしまう境地こそがさらに上位にあるという序列は、危機対応能力を磨くことと、そもそも危機を生じさせない体制を作ることの違いを鋭く示している。優れた対応力に満足せず、その先にある予防的な仕組み作りを目指す視座が求められる。

この章句が説くこと

魯石公剣術未然に防ぐ

この一句を、あなたの毎日に。

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