説苑 / 至公
楚莊王之時,太子車立於茅門之內,少師慶逐之,太子怒,入謁王曰:「少師慶逐臣之車。王曰:「舍之,老君在前而不踰,少君在後而不豫,是國之寶臣也。」
新字:楚荘王之時,太子車立於茅門之内,少師慶逐之,太子怒,入謁王曰:「少師慶逐臣之車。王曰:「舎之,老君在前而不踰,少君在後而不予,是国之宝臣也。」
書き下し
楚の莊王の時、太子車茅門の內に立つ、少師慶之を逐う、太子怒り、入りて王に謁して曰く、「少師慶臣の車を逐えり」と。王曰く、「之を舍せ、老君前に在りて踰えず、少君後に在りて豫まざるは、是れ國の寶臣なり」と。
現代語訳
楚の荘王の時、太子の車が茅門の内に停まっていた。少師の慶がこれを追い立てた。太子は怒り、参内して王に訴えて言った、「少師の慶が私の車を追い立てました」と。王は言った、「そのままにしておけ。年長の君主(太子)が前にいてもそれを踏み越えず、年少の君主が後ろにいても媚びへつらわない、これこそ国の宝となる臣である」と。
解説
太子という将来の君主の車すら容赦なく規則通りに追い立てた少師慶の行動を、荘王は咎めるどころか国の宝と讃える。前段の茅門の法の逸話と対をなすこの章は、地位の上下にかかわらず職務の筋を通す臣下こそ組織にとって最も価値ある人材だという評価軸を示す。次期後継者に媚びず、かといって侮ることもなくただ規則を淡々と適用する姿勢は、権力の移行期においてこそ組織の一貫性を保つ支柱となる。上司や後継者の顔色をうかがわず、公正な立場を貫ける部下をどれだけ大切にできるかが、組織の健全性を測る一つの指標になる。
この章句が説くこと
少師慶荘王公正な臣
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