説苑 / 權謀
智伯欲襲衛,故遺之乘馬,先之一璧,衛君大悅,酌酒,諸大夫皆喜。南文子獨不喜,有憂色。衛君曰:「大國禮寡人,寡人故酌諸大夫酒,諸大夫皆喜,而子獨不喜,有憂色者,何也?」南文子曰:「無方之禮,無功之賞,禍之先也。我未有往,彼有以來,是以憂也。」於是衛君乃修梁津而擬邊城。智伯聞衛兵在境上,乃還。
新字:智伯欲襲衛,故遺之乗馬,先之一璧,衛君大悅,酌酒,諸大夫皆喜。南文子独不喜,有憂色。衛君曰:「大国礼寡人,寡人故酌諸大夫酒,諸大夫皆喜,而子独不喜,有憂色者,何也?」南文子曰:「無方之礼,無功之賞,禍之先也。我未有往,彼有以来,是以憂也。」於是衛君乃修梁津而擬辺城。智伯聞衛兵在境上,乃還。
書き下し
智伯衛を襲はんと欲し、故に之に乘馬を遺り、之に璧を先んず。衛君大いに悅び、酒を酌み、諸大夫皆喜ぶ。南文子獨り喜ばずして、憂ふる色有り。衛君曰く、「大國寡人を禮す。寡人故に諸大夫に酒を酌む。諸大夫皆喜ぶに、子獨り喜ばずして憂ふる色有る者は何ぞや」と。南文子曰く、「無方の禮、無功の賞は、禍の先なり。我未だ往くこと有らざるに、彼來る有り。是を以て憂ふるなり」と。是に於て衛君乃ち梁津を修めて邊城を擬す。智伯衛の兵の境上に在るを聞き、乃ち還る。
現代語訳
智伯は衛を襲おうと企み、その前段階として乗り物用の馬を贈り、さらに璧を先に贈った。衛君は大いに喜び、酒杯を交わし、諸大夫も皆喜んだ。ただ南文子だけは喜ばず、憂いの表情を浮かべていた。衛君は「大国が私を礼遇してくれている。だから私は諸大夫に酒を振る舞っているのに、諸大夫は皆喜んでいるのに、あなただけが喜ばず憂いの色を見せているのはなぜか」と尋ねた。南文子は「理由のない礼や、功績もないのに与えられる褒賞は、災いの先触れです。我々の方からは何もしていないのに、向こうから贈り物をしてくる。だから私は憂えているのです」と答えた。そこで衛君は梁や渡し場を整備し、国境の城を防備して備えた。智伯は衛の軍が国境に配備されたと聞くと、そこで攻撃を諦めて兵を引き返した。
解説
この章句が説くこと
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戦国策・智伯欲伐衞智伯、衞を伐たんと欲し、衞君に野馬四百、白璧一を遺る。衞君大いに悦び、群臣皆賀すも、南文子憂色有り。衞君曰く、「大国大いに懽ぶに、子憂色有るは何ぞや」と。文子曰く、「功無きの賞、力無きの礼は、察せざるべからざるなり。野馬四百、白璧一、此れ小国の礼なり。而るに大国之を致す、君其れ之を図れ」と。衞君其の言を以て辺境に告ぐ。智伯果たして兵を起こして衞を襲うも、境に至りて反りて曰く、「衞に賢人有り、先んじて吾が謀を知れり」と。
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説苑・權謀智伯衛を襲はんと欲し、乃ち佯りて其の太子顏を亡はしめ、衛に奔らしむ。南文子曰く、「太子顏の其の君爲るや、甚だ愛せらる。大罪有るに非ずして、之を亡はすや。必ず故有らん」と。然れども人亡げて受けざるは不祥なり。吏をして之を逆へしめて曰く、「車五乘を過ぐれば、慎みて內るる勿かれ」と。智伯之を聞き、乃ち止む。
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説苑・復恩呉の赤市智氏に使ひするに、道を衛に仮る、甯文子紵絺三百製を具へ、将に以て之を送らんとす、大夫豹曰く、「呉大国なりと雖も、交假の道を壊らざれば、則ち亦た敬なり、又何ぞ礼せんや」と。甯文子聴かず、遂に呉の赤市に之を致す。智氏に至り、既に事を得て、将に呉に帰らんとするに、智伯舟を造りて梁と為さしむ、呉の赤市曰く、「吾之を聞く、天子は水に済るに、舟を造りて梁と為し、諸侯は舟を維ぎて梁と為し、大夫は舟を方ぶ、と。舟を方ぶるは、臣の職なり、且つ敬すること太だ甚だしきは必ず故有り」と。人をして之を視しむるに、視れば則ち兵用ゐられて後に在り、将に亦た衛を襲はんとするなり。呉の赤市曰く、「衛吾が道を仮して厚く我を贈る、我難を見て告げざれば、是れ与に謀るなり」と。疾と称して留り、人をして衛に告げしむ、衛人警戒す、智伯之を聞き、乃ち止む。
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戦国策・智伯欲襲衞智伯、衞を襲わんと欲し、乃ち佯りて其の太子を亡ぼし、衞に奔らしむ。南文子曰く、「太子顔は君子為り。甚だ愛せられて寵有り。大罪有りて亡ぐるに非ず、必ず故有らん」と。人をして之を境に迎えしめて曰く、「車五乘を過ぐれば、慎みて納るる勿かれ」と。智伯之を聞き、乃ち止む。
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