説苑 / 權謀
趙簡子使成何、涉他與衛靈公盟於鄟澤。靈公未喋盟。成何、涉他捘靈公之手而撙之,靈公怒,欲反趙。王孫商曰:「君欲反趙,不如與百姓同惡之。」公曰:「若何?」對曰:「請命臣令於國曰:『有姑姊妹女者家一人,質於趙。』百姓必怨,君因反之矣。」君曰:「善。」乃令之三日,遂徵之五日,而令畢國人巷哭。君乃召國大夫而謀曰:「趙為無道,反之可乎?」大夫皆曰:「可。」乃出西門,閉東門,越王聞之,縛涉他而斬之,以謝於衛,成何走燕。子貢曰:「王孫商可謂善謀矣。憎人而能害之;有患而能處之;欲用民而能附之;一舉而三物俱至,可謂善謀矣。」
新字:趙簡子使成何、渉他与衛霊公盟於鄟沢。霊公未喋盟。成何、渉他捘霊公之手而撙之,霊公怒,欲反趙。王孫商曰:「君欲反趙,不如与百姓同悪之。」公曰:「若何?」対曰:「請命臣令於国曰:『有姑姊妹女者家一人,質於趙。』百姓必怨,君因反之矣。」君曰:「善。」乃令之三日,遂徴之五日,而令畢国人巷哭。君乃召国大夫而謀曰:「趙為無道,反之可乎?」大夫皆曰:「可。」乃出西門,閉東門,越王聞之,縛渉他而斬之,以謝於衛,成何走燕。子貢曰:「王孫商可謂善謀矣。憎人而能害之;有患而能処之;欲用民而能附之;一舉而三物倶至,可謂善謀矣。」
書き下し
趙簡子成何・涉他をして衛の靈公と鄟澤に盟はしむ。靈公未だ喋盟せざるに、成何・涉他靈公の手を捘して之を撙す。靈公怒り、趙に反せんと欲す。王孫商曰く、「君趙に反せんと欲せば、百姓と之を同じく惡むに如かず」と。公曰く、「若何」と。對へて曰く、「臣をして國に令せしめて曰く、『姑姊妹女有る者は家ごとに一人、趙に質せしむ』と請ふ。百姓必ず怨まん。君因りて之に反せん」と。君曰く、「善し」と。乃ち之に令すること三日、遂に之を徵すること五日にして、令畢りて國人巷に哭す。君乃ち國の大夫を召して謀りて曰く、「趙無道を爲す。之に反すべきか」と。大夫皆曰く、「可なり」と。乃ち西門を出でて東門を閉づ。越王之を聞き、涉他を縛して之を斬り、以て衛に謝す。成何燕に走る。子貢曰く、「王孫商善謀と謂ふべし。人を憎みて能く之を害し、患有りて能く之に處り、民を用ゐんと欲して能く之に附く。一舉にして三物俱に至る。善謀と謂ふべし」と。
現代語訳
趙簡子は成何と渉他に命じて、衛の霊公と鄟澤で盟約を結ばせた。霊公がまだ盟の血を口にしないうちに、成何と渉他は霊公の手を強く押さえつけてしまった。霊公は怒り、趙に反旗を翻したいと思った。王孫商は言った。「あなた様が趙に背きたいのであれば、民衆にも同じように趙を憎ませるのが一番です」と。霊公が「どうすればよいか」と問うと、王孫商は答えた。「私に命じて国中に布告させてください。『姑・姉妹・娘のいる家は、各家から一人を趙への人質として差し出せ』と。そうすれば民衆は必ず怨むでしょう。そこであなた様は趙に背けばよいのです」と。霊公は「よかろう」と言った。三日間布告した後、五日かけて実際に人質を徴発すると、命令が行き渡ると国中の人々が路地で泣き叫んだ。霊公はそこで国の大夫たちを召集して「趙は無道な振る舞いをしている。これに背いてよいか」と諮った。大夫たちは皆「よい」と答えた。そこで西門から出陣し、東門を閉ざした。趙の王(簡子)はこれを聞くと、渉他を捕らえて斬り、これを衛への謝罪とした。成何は燕へ逃げた。子貢はこう評した。「王孫商はよく謀ったと言えよう。憎い相手をうまく陥れ、難題をうまく処理し、民衆を動かしたいときにうまく味方につけた。一つの策で三つの目的を同時に達成した。まさによく謀ったと言うべきである」と。
解説
この章句が説くこと
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説苑・權謀趙簡子人をして明白の乘六を以てし、先んじて一璧を以てし、遺と爲して衛に於てせしむ。衛の叔文子曰く、「意はざるを見るは、以て生くべし。故に此れ小の大に事ふる所以なり。今我未だ以て往かざるに、簡子先んじて以て來る。必ず故有らん」と。是に於て林を斬り圍を除き、蓄積を聚斂して、而る後に使者を遣る。簡子曰く、「吾が舉は、知るべからざるを爲すなり。今既に已に之を知る。乃ち衛を圍むを輟む」と。
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戦国策・齊王將見燕趙楚之相於衛斉王将に燕・趙・楚の相と衛に見えんとし、魏を外にするを約す。魏王懼れ、其の魏を伐つを謀るを恐れ、公孫衍に告ぐ。公孫衍曰わく、「王臣に百金を与えよ、臣請う之を敗らん。」王車を約する為に、百金を載す。犀首斉王の至るを期する日、先ず車五十乗を以て衛に至りて斉に間(まじ)わり、行くに百金を以てし、以て先に斉王に見えんことを請い、乃ち見ゆるを得たり。因りて久しく坐して安んじ、従容として三国の相い怨むを談ず。斉王に謂いて曰わく、「王三国と約して魏を外にす、魏公孫衍をして来たらしむ、今久しく之と談ずるは、是れ王三国を謀るなり。」斉王曰わく、「魏王寡人の来たるを聞き、公孫子をして寡人を労せしむ、寡人之と語ること無きなり。」三国相信ぜず、斉王の遇、遇事遂に敗る。
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説苑・權謀衛の靈公襜被して以て婦人と遊ぶ。子貢公に見ゆ。公曰く、「衛其れ亡びんか」と。對へて曰く、「昔者夏の桀、殷の紂は其の過を任ぜざる故に亡ぶ。成湯・文武は其の過を任ずるを知る故に興る。衛奚ぞ其れ亡びんや」と。
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説苑・權謀智伯韓・魏の兵を從へて以て趙を攻め、晉陽の城を圍みて之を溉ぐ。城沒せざる者三板。絺疵智伯に謂ひて曰く、「韓・魏の君必ず反せん」と。智伯曰く、「何を以て之を知る」と。對へて曰く、「夫れ趙に勝ちて其の地を三分せんとするに、今城の未だ沒せざる者三板、臼灶蛙生じ、人馬相食む。城降ること日有らんとす。而るに韓・魏の君喜ぶ志無くして憂ふる色有り。是れ反するに非ずして何ぞや」と。明日、智伯韓・魏の君に謂ひて曰く、「疵、君の反する言へり」と。韓・魏の君曰く、「必ず趙に勝ちて其の地を三分せんとす。今城將に勝たんとす。夫れ二家愚なりと雖も、美利を棄てて約に偝きて成すべからざるの事を難くせんや。其の勢見るべきなり。是れ疵必ず趙の爲に君に說き、且つ君をして二主の心を疑はしめ、而して趙を攻むるを解かしめんとするなり。今君讒臣の言を聽きて二主の交を離す。君の爲に之を惜しむ」と。智伯出でて、絺疵を殺さんと欲す。絺疵逃ぐ。韓・魏の君果して反す。